戦の前の下準備2
シリル・バールの屋敷は商都ハクラから水路伝いに少し内陸に入ったところにある。
船で直接屋敷に入ることもできるという、いかにも商人らしい構造だ。俺たちは船なんかに乗って、それを沈められるとシャレにならないからもちろん陸路で行く。
俺とラコ、それとナディア、俺に仕官した剣士ウォーマー、その他15人ほどの兵であいさつに向かった。この数なら、通過する土地の領主も軍事行動のためとは思わないからか、通してくれた。ただ、ノイク郡を長く進むのは面倒なので、早いうちに東隣の郡に抜けた。
「商人の屋敷ということですが、ずいぶんとものものしいですわね」
ナディアが屋敷を遠目に見て言った。たしかに兵士が門や堀周囲をやたらとうろついている。
「商人は恨みも買いやすいですし盗賊も狙いますから。念には念を入れているのでしょう。それよりも屋敷の建物の前に庭が広がっているというのは妙な構造ですね」
そうラコが言った。
「そういや、そうだな。城なら兵士の駐屯用に空き地を用意することもあるけど、木の生え方からして、広場じゃなくて庭だ」
詳しいことは門から奥に入らないとわからないが、門と塀の奥がやけに森のようになっているのはすぐわかる。
俺たちがゆっくりと門のほうに向かうと、バール家の家令らしき男が出てきた。いかにも事務官といった雰囲気の男だ。髪も脂かなんかで整えている。
「お待ちしておりました、レオン・エレヴァントゥスご一行様。家令のマススと申します。さあ、奥までご案内いたします」
門の奥から張り詰めた空気を感じた。
「すみません、私はラコ・エレヴァントゥスと申す者なのですが」
「当然、存じ上げております。何かございましたか?」
ラコは落ち着いた笑みをたたえて、こう続けた。
「私たちは平和的な話し合いをしたくて出向いたわけですが、一方で今の世が乱れていることも話し合いだけで決着がつかない場合があることも知っております。ですから、お庭に私たちを狙う暗殺者が忍んでいたとしてもやむをえないと思っています」
家令のマススの顔がこわばった。
「ええ、利益というものは命がけで守らないといけないものです。使える手段はすべて考えるべきです。それは私たちのような小領主でも変わりません」
そこでラコの声が少し低くなる。
「しかし、命を狙われた際には徹底的に報復するつもりです。あとから命乞いをされても無駄ですのでご理解ください」
「まさか、そんなものが……」
「ああ、屋内ならともかく、広いお庭が緊張感に包まれているのは変だなと思ったもので。どうも、生まれつき、こういったことには敏感なんです。きっと勘違いでしょう」
生まれつきっていうのか、そういうのは。でも、異常を察知する能力なら俺よりずっと強い。
「すみません、マススさん、ご面倒だとは思いますが、客のわがままと思ってこのことをご主人にお伝えいただけませんか? 暗殺者のように見えてしまう人がいれば、こちらは確認をする前に動くこともありますから。私たちはここでいくらでも待ちますので」
「わ、わかりました……」
マススは顔面蒼白で門の奥に消えていった。
そのあとでラコが小声で解説した。
「木を生やしておくのは、樹上に殺し屋を置いておくためです。あとは茂みにもいると思われます。あとは池に潜んでいて、客人をわざと池の間を渡る飛び石の道へ誘導し、池に引きずり込むとか。すぐ考えられる案はその程度でしょうか」
「お前、こういうのは本当に詳しいな」
「今、話したものは地形を改変しなくても可能ですから。庭に穴を掘って潜むとかいったものも加えれば可能性はいくらでも広がりますよ」
聞いていたウォーマーがだいぶ引いていた。
「そんな血腥い場面は経験していませんので、よくわかりません……」
「ノイク郡は大きな争いはありませんでしたからね。でも、講和した領主や服属した領主を殺すというのはよくあることですよ。私たちはやったことはありませんが」
あんまりやりたくもない。
「わたくしの力ではどこに誰がいるかまではわかりませんわ。ただ、この庭がまがまがしいことはなんとなくわかります。庭というのは屋敷の中で住人や客人や憩うためのものなので、本当に憩いの用しかないならもっと奥に作るものなのですわ。演出のためにわざと小道を歩かせる屋敷もありますけれど、それにしては少し陰気すぎますし」
「ナディアもやっぱりわかるんだな」
「あくまでも状況証拠ですけれど。これだけでは門の先に進めない理由にはできませんわ」
たしかに暗殺者の存在を明言して、向こうの主人に問い合わせるというのはかなりの力業だ。相手はぎょっとするだろう。
だが、これが正解なら相手は重い決断を迫られる。
それこそが今回俺が来た目的だ。
俺を敵に回せる覚悟があるのかどうか問う。




