インターミッション 商人領主シリル・バールの葛藤
シリル・バールはハクラ郊外の自邸でレオン・エレヴァントゥスの手紙を受け取った。
あいさつに伺いたい。詳しい話は直接お会いした時に。
美文で長々と書いてあるが用件はそれだけだった。
もっとも、具体的に書かなくてもおおかたの目的はわかる。
キンティー村の権益を正式にレオン・エレヴァントゥスが獲得したことはすでにシリル・バールも知っている。伯爵の居城のあるウォーインにも支店は出しているし、情報はそちらからすぐに入ってくる。
キンティー村自体はどうでもいいが、これでレオン・エレヴァントゥスの影響力がノイク郡の中央部あたりまで伸びてくる。となると、陸路の交易の動脈である東西の街道にも関与されるおそれが出てきた。海商と言っていいシリル・バールではあったが黙認はしづらい。
ここでレオン・エレヴァントゥスの影響力が止まる可能性は考えづらい。郡全体に影響を出そうとされると、シリル・バールの権益と真っ向からぶつかることになる。
さすがに商都ハクラ全体を手に入れようとはしないだろうが(そしたら、クルトゥワ伯爵家が生かしておかない。ハクラ全体の権益は少なくとも2州ぐらいは手に入れてからでないと取りにいけない)、やはり不気味な存在ではある。
シリル・バールは妻を呼んで尋ねた。
「『イタチ』はどれだけいる?」
「今、すぐに動けるのは五人ね。これ以上は用意はできても腕が怪しいんじゃないかしら」
イタチというのは獣のことではなくて、暗殺者の隠語だ。
商売敵は何人も消してきた。きれいごとだけで商売はできない。
しかし……本当にイタチを使っていいのか?
「迷っているのね。相手がまだ若いから?」
妻がどこかずれたことを言った。
「たしかにまだ20歳にもなってない子供だものね。それを殺して水路に捨てるっていうのは避けたいわよね」
「違う。気にしているのはイタチで勝てなかった場合だ」
レオン・エレヴァントゥスが驚異的な強さを見せたという話は、情報通でなくても誰でも知っている話だ。手合わせに来た剣士たちを衆人環視の中で一撃も喰らわずにねじふせたという。
これはただのパフォーマンスではない。
レオン・エレヴァントゥスは本来ならしばらく影響力を北には伸ばせなかったはずだった。侵略の意図などないと、籠城戦で表明する必要があったからだ。本心はともかくしばらくはおとなしくしておかないと、ほかの小規模な領主に露骨に睨まれてしまう。
だが、あいつは最強と言っていいレベルの剣士であると示すことで、多くの小領主との通交関係を作ることに成功した。
戦慣れしてない小領主はほとんど服従するような形で、レオン・エレヴァントゥスと同盟しようとした。シリル・バールが考えるよりずっと迅速に、しかも軋轢が起きない形でレオン・エレヴァントゥスの影響力が広がってきている。
(とてつもないレベルの剣士というのは暗殺者ぐらいあっさり返り討ちにしてしまえるんじゃないだろうな? それとも、不意を突かれれば何もできずに死んでくれるのか?)
商人であるシリル・バールにはその肌感覚がまったくわからない。イメージすることも十分にはできない。
暗殺というのは成功すると読めるから選択肢として使えるのだ。成功か失敗かまったくわからないなら、危なっかしくて使用できない。
「とにかくイタチの準備はしておいてくれ。5人全員な」




