戦の前の下準備1
領主連合に拠点を囲まれてからは俺は一応おとなしくはしていた。これですぐに北に進軍できるわけないし。
ただ、ドニのおかげで武勇を示せる機会ができたことで、地力を蓄えられるようになった。俺を頼ろうとする領主や仕官を願う剣士や騎士が出てきたのだ。誰かに睨まれることなく、勢力を広げられるので、これは本当にありがたい。
17歳を迎えた段階での自分の勢力範囲を一度まとめてみる。
真ん中からいくと混乱するので、隅から。
●奥カーマ村
ノイク郡の中でも最西端の山中にある小集落。名前からもわかるようにカーマ村の付属品のような位置にある。かつてのカーマ村の住人の一部がさらに奥も開発したんだろう。現状、ラコがエレヴァントゥス家本家から領主に任命されている扱いになっている。
●カーマ村
ローミ川の南側の細い川が作った谷筋にある村。サーファ村と大差ないが、サーファ村よりは平坦地が多い。領主を俺が滅ぼしたが、大きな影響は出ていない。
●サーファ村
俺の創業の地と言っていい場所だが、今はナディアの所領の扱いになっている。
●コルケ村
ローミ川が北に向きを変えたことで生まれた氾濫原の平坦地の一番川沿いに当たる。ローミ川はこのまま北に流れ続けて、その周辺に平坦地が生まれている。ここに今の俺は拠点のコルケ屋敷を置いている。少しずつ兵士はコルケ屋敷周辺に配置するようにしている。敵が攻めてくるなら、必ずここを通るからだ。
●マスコフ村
ワキン家の屋敷があった平野部の中心地。
●トラン村
マスコフ村の東の土地。間に川が流れていて、村の境目はわかりやすいが、マスコフ村とほぼ一体と考えていい。
●カサリー村
マスコフ村から東の山に近づいていく部分の平坦地で、ゼナ・ワキンが所領にしていた。サーファ村なんかよりは大規模だが、それでも山間の土地だし、ゼナ・ワキンは納得いかなかったんだろう。
●ジーファ村
マスコフ村とトラン村を分けている川沿いに南に上がっていった先の村。厳密には独立した領主の土地だが昔からワキン家に従属していた。その関係は俺がワキン家の所領を継承してからも変わってない。
ここまでがレオン・エレヴァントゥスの拠点になる部分だ。
●メト村
コルケ屋敷を攻撃してきたローミ川の西の高台部分の村。ここの領主には後で圧力をかけて、従属に近い同盟を結ばせている。といっても、別に兵士を村の境まで出したみたいなことはしてない。向こうが勝手に気まずくなったというのが真相に近い。
●ベスナト村
●下ベスナト村
コルケ屋敷から北に5キーロちょっと行ったところにある村。ともにプレイブ男爵の所領。このあたりはローミ川の扇状地がかなり広がってきている部分だが、それの東側の隅がベスナト村で、西隣が下ベスナト村だ。郡の中心部を東西に走る街道まで2キーロもないので、男爵には感謝している。
●その他一部の村
俺に協力的というか、協力してほしいという態度でいる。何かあった時に守ってくれる存在がほしいからだろう。
ラコいわく、これだけ影響力があれば前途は明るいということだが、細かいことはわからない。絶体絶命の籠城戦のあとは軍隊をよそに派遣することもほとんどなく、静かにしていた。
ほとんどというのは、警備のために兵を出してくれと依頼を受けたことが一度だけあったからだ。
依頼内容は、「式典の途中に敵が攻め込んでくるかもしれないから村の境に兵を置いてほしい」というものだった。隣の領主が本当に攻め込んでくるなんてこともなく、用事はあっさり終わった。どことなく冒険者時代の仕事っぽいが、考えてみれば同じことか。
そんなわけで17歳の春過ぎまでノイク郡にはろくな変化がなかった。こういう時期もラコが言うには必要だそうだ。基盤を固めるためには必ず落ち着いた時期がいるという。
で、春過ぎにありがたい話がやってきた。
俺とラコ、ナディアら一部の側近の将は所領を留守にして、ゲイルー州のウォーインへと向かった。コルマール州太守であるフィルマン・クルトゥワ伯爵にお礼を言上するためだ。
●
「伯爵、このたびはキンティー村の権益をお認めいただき、本当にありがとうございます。感謝のしようもございません」
俺は謁見の間で顔を下げて話す。感謝しているのは事実だから、どこにもウソはない。
「エレヴァントゥス家の者としてミュー海神神殿に少しでも報いることができればと思っていましたが、その夢が果たせて幸せでございます」
自分でもエレヴァントゥス家の人間という立場が板についたなと思う。
「顔を上げてよい。ノイク郡の南側はおおかた支配しておると聞いているぞ。それだけの領主なら若年だろうと侮りはせぬ。同席しておる者たちも同様だ。顔を上げていい」
フィルマン・クルトゥワが感情を出さずに面倒臭そうに答える。
「それでは、お言葉に甘えさせていただきます」
顔を上げると、フィルマン・クルトゥワは思ったよりも機嫌がよさそうだった。俺が存分に尻尾を振っているように思えるからだろう。
『そこまで単純ではないと思いますが。海神神殿経由で金銀も送ったりしましたからね。ものを送ってくる領主とそうでない領主ならどっちを優遇したくなるかは明らかでしょう』
ラコがメッセージウィンドウで俺の脳内の話に入ってきた。
『ワキン家の所領を併合したことにケチをつけられるとたまったものじゃないですからね。そこで許可を得られた時点でどうとでもなるとは思っていました。キンティー村の領主が全然フィルマン・クルトゥワにあいさつに出てなかった点も大きかったです』
結局裁定者にどれだけ気に入られるかなんだよな。
キンティー村がずっと昔にミュー海神神殿の荘園だったことは事実だが、じゃあなんでも数百年前の体制に戻すことを容認できるかというとそんなわけがない。道理を訴えるよりも、自分が領主になったらあなたも得をしますよと伯爵に伝えるほうがずっと効果がある。
そして、その効果がついに出た。
フィルマン・クルトゥワは「キンティー村の権益はミュー海神神殿のものと認める」と決定した。
キンティー村はノイク郡の街道そばの村だ。厳密には街道に村境が接している。
ここを手に入れることができれば、物流を掌握できる。それは言い過ぎかもしれないが、街道のラインまで影響力を北上させることができれば、領主の格としてはドニとほぼ変わらないぐらいになる。
そうなれば、さらに北の小領主も服属を申し出てくることもあるだろうし、ノイク郡全体をゆるやかに影響下に置くことも可能になってくる。
おそらくその時にはアルクリア竜騎士家の勢力すら超えているんじゃないだろうか。
別にアルクリア竜騎士家の勢力を超えること自体は目標でもなんでもないんだけど、誇らしいことには違いない。
「自領に戻りましたら、早速キンティー村に攻め入る準備を進めたいと思っております」
俺はためらいくそう答えた。兵を貸してくれると助かるみたいなことは相手の機嫌を損ねるだけだから言わなかった。
この時代、裁判で勝ったからといって、相手が素直に立ち退いてくれるわけではない。強制的に追い出すしかない。
本当はコルマール州の太守であるクルトゥワ伯爵家が協力するのが筋だが、それは名分だけの話で、実効支配できてるわけでもない土地に派兵する義理はクルトゥワ伯爵家にもない。
「うむ。もう少し南の情勢が落ち着いていれば手を貸せるのだがな。裁許状を渡すので、好きなだけ複製して使用してよい」
「自分たちの所領は面子にかけて取り戻します」
「それはそうなんだが、ノイク郡でそなたが活発に動いておるのを快く思わん者も多いだろうからな。また北の連中との対決になるやもしれんから、そこは気をつけておけ」
興味なさそうな声だったが、フィルマン・クルトゥワの状況判断は的確だった。俺が滅んだところで大きな問題はないからな。ノイク郡なんて離れた場所の戦争はどうでもいいのだ。
ただ、北の領主が反発する可能性は十分にあり得た。
『本来なら北の領主を刺激せずにやりたかったんですが……すでに一度、大同団結をされてしまいましたからね。発起人が現れると同じことになる危険はあります』
なにせ、籠城を強いられた時の発起人は今も生き残っているんだから。同じことが起きても不思議はない。
だったら、先に話をつけに行くか。
商人領主シリル・バールのところへ行く。
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俺はシリル・バールの屋敷へあいさつに伺いたいと手紙を送った。向こうは領主も兼ねているのだから変なことはない。
だからなのか、許可も割合にあっさり出た。
屋敷を訪問するまでの期間、俺は久しぶりにラコと本気で特訓を行った。
これはシリル・バールにとったら俺を消す最大のチャンスでもあるからな。




