剣豪領主レオン3
「あ、ありがとうございます! おっしゃるとおり、自分より低い体勢の相手を目にして戸惑ってしまいまして……」
勝負が終わったからステータスも見ていいよな。
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ウォーマー
職業・立場 剣士
体力 54
魔力 0
運動 57
耐久 40
知力 12
幸運 56
魔法
なし
スキル
一刀必殺・一点貫通・地天斬り
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それなりに優秀な剣士だな。地天斬りって何だろ。おそらく地から天(つまり下から上)の方向に斬り上げるんだろうな。
「若いほうのこっちが言うのもおかしいけど、動きを見ただけでも悪くないのはわかる。もっと腕を磨けば剣で名前を残せるようになってもおかしくない」
この運動の数字で道場主をやる人間もいるぐらいだし、変なことは言ってない。戦場で無双するのは無理でも、さらに成長していけばなかなかの猛将になれるだろう。
ウォーマーはさらに何度か礼を言っていた。
調子に乗った若造としてもっと嫌な目で見られるかと思ったんだけど、そうでもないな。剣技のほうでそれなりにやるぞって見せつけられたからか。
というか、ドニの狙いはこれか。
たんなる偶然と幸運で俺が郡有数の領主になったと思えば、嫉妬の感情も渦巻く。
でも、俺が実力でゼナ・ワキンを打倒したという認識に変われば、その感情は高評価に転換するのか。
またドニに助けられたなと思った。
「やるではないですか。これでは叔父など歯が立たなかったのも当然です」
貴賓用の椅子に腰かけていたフィリが珍しく俺を褒めてくれた。
「お褒めにあずかり光栄です」
「あなたの心根は思った以上にまっすぐなんですね。悪心で染まった方に嫁いだのではなくてほっとしました」
周囲から笑い声が聞こえるが、これ、冗談じゃなくておそらくフィリ当人は本気で言ってるぞ。
「やはり権謀術数を張り巡らしていたのは横のラコおばさんのようですね」
おばさんという言葉にラコが睨んだ。
「こんなところでケンカを売らないでください」
「親類の年上の女性ですから間違ってはないでしょう?」
その様子をナディアは面倒臭そうに見ていた。女性陣の間での人間関係が円滑を欠いている。
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そのあと、何人か俺と手合わせしたいという剣士が出てきたが、さすがにそのへんの奴に負けるわけはなくて、俺が全勝した。
俺の運動の数字は驚異的だからな。剣が剣にぶつかった時の衝撃が大きすぎて、手から剣が飛んでしまうということは珍しくないのだ。
かといって、剣を無理に握ったままでいると、その反動を体がモロに受けて、バランスを崩してしまう。そうなると、そこを突かれて万事休すということになる。
これに対抗するにはドニみたいにさらに人間離れした運動能力、というか破壊力でのぞむぐらいしか手がない――はずだ。実際には魔法で蹴散らすとか、弓矢の技能を上げて射殺すとか方法だけなら無数にあるだろうが、それは至近距離での戦いを前提にしてない。
そして、俺とドニの見世物と追加の手合わせが終わって、一同解散となって片づけをしていたところ――
何人かの兵士が俺の前にやってきた。
いきなりやってきたのではなくて、一応ほかの兵士に話がいって、俺が許可を出した格好だ。
「レオン・エレヴァントゥス様、私をぜひ召し抱えていただけませんか?」
「同じく! 貴公の下で働きたいと思いました!」
「どのような戦いにも従軍いたしますので!」
「待ってくれ! 仕官願いがいくらも来るのはありがたいが、スカウトのために今日の見世物があったわけじゃないから想定をしていなかった!」
現状、ワキン家領だったところに信頼のおける人間は配置したいし、兵は一人でも多くほしいところだが、右から左に「はい採用」というわけにはいかない。
「とくに、ウォーマー、あなたはプレイブ男爵という方に仕えているんだろう。二者に仕えることも契約上、不可能じゃないが、離れた土地同士だと現実的ではないんじゃないか」
「プレイブ男爵には暇をいただこうと思います。自分も剣士ですのでより強い方に仕えたいなと。人生は一度きりですし」
「ううん……。気持ちはもっともなんだけど、それでプレイブ男爵にずっと恨まれるようなことがあると困るんだよ……」
その男爵が俺に家臣を盗られたと言って回ると、屋敷を大軍で囲まれたみたいなことが再来してしまう。それはものすごく困る。
「お気持ちはごもっとも! では、男爵の説得に成功しましたらまた参ります!」
「それならいいけど……ムカついた相手に首を斬られるなよ」
俺が男爵だったらいい気はしない。相手がどう感じるかもうちょっと考えて行動したほうが安全じゃなかろうか。
ほかにも別の領主に仕えている奴が何人かいたので、それは許可を得てからにしてくれ、こっちとしては別の領主に不実なことはできないと伝えた。現状で仕官先のない冒険者みたいな奴はひとまず仮採用とした。
その三日後、意外なことが起きた。
屋敷の護衛の兵があいさつに来た領主がいると俺のところに連絡してきた。
「領主? どこの誰だ?」
またドニじゃないだろうな。前に来たばっかりだぞ。
「それがベスナト村と下ベスナト村の領主プレイブ男爵という方でして……」
「げっ……」
まさか自分の家臣が抜けたいと言ってきたことに苦情を言いに来たのか?
気持ちはわかるが、かといって本人が来ることじゃないよな。あまり格好のいいことではない。とはいえ、領主が来たならこっちが門前払いにするわけにもいかない。領主の体面を傷つければそれだけで開戦の口実になってしまう。
それで、護衛役に横にラコをつけて、応接室で出会うことにしたのだが――
「レオン・エレヴァントゥス様、あなたの幕下に入りたく参上いたしました」
中年男にそう言われた時は心底混乱した。
「えっ……? こっちの配下に……? 気持ちはうれしいですけど、話が飛躍していませんか……?」
横にはウォーマーがついてきている。何がどうなったんだ。
「男爵にレオン・エレヴァントゥス様の実力を説明したところ、自分もその下につきたいと話されまして……」
「いや、そうはならんだろ」
横にはラコもいたが、ラコも「なんで?」という顔をしていた。
「私は領主ではありますが、剣も弓もからっきしでしてな。なんとか領主として土地を維持しておりますが、こんなことがずっと続けられるとも思えません。ならば、上り調子の若い領主に仕える道を選んだほうが現実的だと思ったわけです」
「だからといって、形としては同盟でもいいんじゃないですか。誰が見てもこっちは若造です」
同盟といっても、事実上の従属関係ということも多い。それでも同盟である以上、表面的には対等だ。
同じような格の領主の傘下に入ると表明すれば外聞が悪い。だから、領主たちが顔に泥を塗らないための方法は昔からたくさん考案されてきた。
そもそも現実の力関係としても、俺がほかの領主を簡単に家臣に加えられるほどの実力はない。実戦の腕前で立場が決まるわけじゃないのだ。
「いえ……どのみちあなたの下につく未来が待っているような気がしましてな。ならば配下として仕えるのも同じと思ったのです。はっきり申しまして、今のあなたが北に兵を進めましたら、単独で勝てる領主はおりません。何人かが手を合わせようとしても足並みが揃わないうちに攻略される未来が見えます」
それは必ずしも間違いではない。西隣のローミ川の対岸の領主にはじわじわ圧力を加えている。領主連合が攻めてきた時、対岸にも兵が配置されたことを詰めている。
「今も私の村二つは水利の関係で苦渋をなめさせられることが多いのです。ならば、貴殿の力で守っていただくほうがよいなと……」
「わかりました!」とラコが言った。
もうラコは椅子を立ち上がっていた。
「男爵、あなたのお気持ちは痛いほど伝わってまいりました! なんと領民思いの方なのでしょう! 必ずや私の従弟、レオン・エレヴァントゥスがどうにかいたします!」
「いや、断る気はないけど、それは俺が言うことなんじゃ……」
「レオン、年長者の言葉には従うものです」
一門の重鎮みたいなことを言ってきたな。そんなに間違ってもいないのだが。
『離れた土地にも出兵する大義名分が手に入ったわけですよ。最高じゃないですか。こうやってじわじわと支配領域を広げていけば郡全部を手に入れられる日も遠くはありません!』
そういうことなんだろうな。メッセージウィンドウに本音がしっかり書かれている。
『ただ、あまりにも性急すぎると警戒されますからね。このあたりで様子を見ましょう。領主になって2年以内にしては所領が広がりすぎました。1年以上計画が前倒しになっているので』
そんな気はした。
俺は16歳にして10以上の村に影響力をおよぼすノイク郡での最有力勢力に成長した。




