コルケ屋敷籠城戦1
このコルケ屋敷を敵に囲まれた時点で、屋敷に籠城したこっちの兵士は30人。
あまりにも電光石火の早業と言わざるを得ない。
残りの者はそもそも敵が集まってきて間に合わなかったか、装備が不十分なため追い返した。事前に屋敷の中に糧食はある程度入れてはいるが、それでも100人が籠もるのは無理があるし、屋敷の外に兵士が多いほうが敵も警戒する。
「敵の数は……これ、本当に500人ぐらいいるように見えるけど、気のせいか?」
俺は物見櫓に上がって、堀の外側にいる敵を見つめた。
敵はまだ攻めかかってはこない。この屋敷の堀は想像以上に深いし広い。橋は早い段階でこっち側に引いて、完全に遮断した。
「後ろのほうは兵士というより見物人かもしれませんが、人数だけならありえますね。こういうのは勝ち馬に乗ろうと集まるものですから」
ラコも淡々と言った。さすがに笑顔がずっと消えている。また自分のミスだとでも思ってるんだろう。
「兵士の質自体は三流と言っていいでしょう。小領主の兵士の混成部隊で士気も低いです。自分のところが攻められたら損だと思っている領主も多いはず。大半は見てくれだけです。ただ……」
「弓兵が多いよな。呑気な連中に交じって、やたらと殺気を放ってる奴がいる」
「そうです。敵の目論見はレオンが出てきた時に射殺すること。もっとも、それが第一の目的というわけではないようですが」
「ワキン家の所領を返還するって言った時点で許してくれるってわけだろ。ラコがいなかったら、すごくありがたい話に見えて、もう許諾してた」
これまでどおりの規模の領主として存続できるし、戦争で自分も味方も死なずに済むなら最高の選択に見える。
「逆に言えばレオン・エレヴァントゥスの所領が急増するのをそれぐらい恐れている奴がいるということです。パワーバランスがわずかでも変わると小領主の集まりの地域は簡単に地図が塗り変わってしまいますから」
ラコとしては所領を明け渡すわけにはいかないと考えているらしい。
「それに、理由をつけてまた敵が攻めてきたらサーファ村とほか2村の軍事力では何もできません。所領が増えるのを拒否するのは武器をすべて捨てて投降するのと大差ありません」
「それはわかったけど、それでどうやって解決するんだ?」
これまでは俺が無理に突き進んでどうにかした。ゼナ・ワキンを倒した時はまさにそれだった。
無理に突き進んでもそこまでの違和感もないし、危険も少ない、ちょうどいいラインだった。たとえ数で圧倒していても100とか150の軍隊が50の軍隊に敗れるということは全然ありうる。前の部隊が浮足立てば、数の優位はすぐ消えるからだ。
しかし、俺とラコで500(仮に500とする)の部隊を全滅させたみたいな話は不可能だ。さすがに弓兵がうじゃうじゃいるから戦死すると思うし、運よく生き残ってもそこまでの異分子を周囲の領主たちはさすがに放置しない。
「答えはまだ出ていません。ただ、少しでも粘ればチャンスは増えます。たとえば、海神神殿から講和の使者が来るとか」
今日は心からミュー海神に祈ろうと思った。
たしかにミュー海神を信仰してる領主は敵にもいるだろうし、エレオノーラさんより偉い身分の領主は敵にほぼいないから、穏便に収まる可能性は高くなる。
「でも……危険が高まることもありえますからね」
「たとえば?」
外を見ると、たまに弓兵と目が合うのがわかる。あわよくば、櫓にいても射殺できなくもないぞということだろう。
「ワキン家の人間が私たちを滅ぼせと号令をかけると、周辺の土地は大混乱に陥ります」
想像したくもない可能性だった。
「現状、前当主の子供のようなわかりやすい後継者は残っていません。ゼナ・ワキンに攻められた時に死んでいます。残っているのは女子一人だけですから、そこまでのことはないと思いたいのですが……ナディアさんの例を出すまでもな、女子でも家を継ぐことはありえますからね。希望的観測です」
「フィリって子だよな。まだ13歳だった。ゼナを討った後に一度会った」
俺が一族が滅ぼされたと聞いた年だ。俺たちの作戦はワキン家の同士討ちを誘うものだったから罪悪感がないと言えばウソになる。
ゼナがやられたあと、ワキン家の命脈は尽きたと思った分家筋の連中は俺の臣下になることをあっさり受け入れてくれた。小規模でも複数の村を統治してる俺のほうが分家の連中よりは格上だからだ。
でも、本家の生き残りのフィリは納得がいかなかったかもしれない。女子とはいえ、家を継げる立場にはある。
「今はワキン家の重臣の家で匿われているはずですが、それが担ぎ出されると、最悪の事態になるかもしれません」
「その時はどうする?」
弓矢が櫓の石壁に当たって、落ちた。ラコは気にせず笑っていた。
「そうなったら、討って出て片っ端から領主らしき首を獲って、レオンが力尽きたところで私も死にますよ。武勇伝ぐらいは残るでしょう」
本当にラコはそうするだろうな。
「私が太守になったり、天下を獲ったりしても話がおかしくなります。それは竜騎士家の守り神のすることじゃありませんから」
「いや、その場合はナディアが太守になれるまで見守ってやってくれよ。あいつも竜騎士家の血が入ってるし、再興の気持ちは俺よりずっと強いぞ」
「なるほど。悪くはありませんね。ですが、多分レオンと一緒に死ぬと思います」
俺はありえないと手を横に振った。
「いや、おかしいだろ。可能性が潰えてないのに終わらすなよ」
「だって、私にレオンに託されましたからね。次の当主に仕えますというのも、格好がつかないじゃないですか」
本当にどうしようもなくなったら、アルクリア家の当主としてナディアについて天下を獲りに行けと命令してやろうと思った。
●
敵は堀を埋めてこちらに攻め込むような動きを見せることはせず、包囲から丸二日が過ぎた。
数の威力で自分の要求を飲ませる行為は割と一般的ではある。王国の王でもこれで臣下の意見を聞き入れることになったケースは史上何度かある。
あと、ラコいわく敵の領主連合ではっきりした上下関係がないから動きづらいのだろうということだった。たしかに第一人者と言えるような強大な領主はいない。
あるいは、攻め滅ぼすというところで合意形成がされているわけではないから、攻め落とすまでには発展しないのだろうと。
おそらく、どっちも事実だ。
「首謀者は変化が起きないことを求めてる。俺たちが滅んでもまた空白地帯をどうするかでもめる。それよりは俺がサーファ村周辺だけの領主に戻ったほうがいいってことだ」
「ですね。しかし、屋敷の外にも出られないというのは気分が悪いですね」
「お前、昨日、建物からは出てなかったか?」
「矢が飛びまくってきたのですぐ戻りましたよ。レオンが出れば終わりです」
今でも剣士としては最強レベルだと思うけど、課題は多いな。
「まあ、ナディアが戦死したとか、エレオノーラさんが殺されたとか、シャレにならない話が来ないだけマシって考えるか」
外の戦況は矢にくくりつけた文で聞かされている。ナディアは外側の兵を糾合して、いざとなったら打って出られる準備をしている。十分な仕事だ。
俺はまた物見の櫓に上がる。敵に囲まれているとはいえ、眺めがいいのは楽しいし、風も心地よい。
と、敵の兵が妙な動きを見せていた。
敵兵が隙間を作って、人間を通している。あれはなんだ? こっちの使者か?
異常を察知して、ラコも上がってきた。
「あれはエレオノーラさんの関係者ではありませんね。海神神殿の意匠や紋様がありません。一人はナディアさんのようですが……ほかはワキン家の関係者……?」
「ワキン家の誰だよ?」
「女性のように見えます。まだ背も低いですし……フィリという女の子でしょうか? 服からして領主階級なのは間違いありません」
「領主連合の皆様、このたびはご足労ありがとうございます。私はワキン家の正統な後継者、フィリ・ワキンです」
よく通る声が俺たちの櫓にまで響いてきた。




