インターミッション 商人領主の策略
シリル・バールはコルマール州の商都ハクラでも五本の指に入る大商人である。ゲイルー州の州都ウォーインや王国中心部のほうと交易を行っている。彼は船をノイク郡北部の海浜地帯にも停泊させており、この海浜地帯一部の領主でもあった。
わかりやすい強大な権力というものがない今の時代こそ、自分のような大商人に有利だとシリルは考えている。これが専制的な王が王国すべてを管理する時代になったら、交易も必ず統制されてしまう。
その点、ハクラとその周辺はわかりやすい強大な権力がまったくない。ここでバール家は三代に渡って富を築き、ついに土地の一部を買い取って、領主としても活動しだした。
そんなノイク郡の南の山間部で妙な動きが起きた。南の7村を海神神殿の神官長の分家が支配、もう1村も事実上は連中に服従しているから8村を支配していることになる。
せっかくの分裂した世界を統合してやろうと企む奴がいる。
シリルは恐怖を感じた。統合の空気は王国各地で起きているが、ハクラ周辺でその動きはほとんどない。なのに、そこに茶々を入れようとしている奴がいる。
表面上は偶然に所領が増えたといったような振る舞いをしているが、とても信用できない。侵略の意識をはっきりと感じる。
この動きを止めるとしたら今しかない。簡単には所領が増やせないことを連中に教え込ませないといけない。
シリルはノイク郡の海側の領主に兵を出すように説いて回った。そのうち半分は他人事で、シリルは「愚か者め」と声を荒げそうになった。そういうわけにはいかないから、同じく商人出身の妻に愚痴をこぼした。
「あいつらは自分たちの平和が永遠に続くと勝手に信じ込んでるんだ。変化がなかったのは変化を及ぼす存在が近所にいなかっただけだ。そんなのが突如として出てきたらすべてひっくり返る。そんな破壊者が生まれようとしてるんだ」
シリルは領主たちを少しずつ説き伏せた。
それから腕に覚えのある冒険者を冒険者ギルドでまとめて雇った。とくに魔法だと遠方から攻撃できる者を集めた。レオン・エレヴァントゥスという領主は恐ろしいほどに剣の腕が立つらしい。
だったらその領主が出てこられないようにする。
それで敵が屈服したという事実が手に入れば十分だ。
領主連合の威嚇が成功したら、おそらく田舎領主も北上の夢など捨てるだろう。そしたら、当分はノイク郡も安泰になるが……。
シリルは南へと兵を進める領主たちの顔をそうっと見やった。
どいつもこいつもこの先のことを何も考えていない。馬に乗りながら横の家臣と談笑している奴までいる。
シリルは自分の家臣を呼んだ。
「ほかの領主の方々に、自分は小領主だから皆様の顔を立てて後ろで見守らせてほしい、皆様の勇姿を今後の参考にしたいと伝えろ」
「はっ、敵がヤケになって正面突破を試みると危ないですからな」
「余計なことを言うな」
この家臣は頭の回転は速いが、余計なことを口にする。つまり半端に賢いだけだ。それでは世は渡れない。
「若い領主は守るものも少ないからな」
もし、討ち死に覚悟で攻め立ててきた場合、前のほうの将は何人か戦死するだろう。命がけの敵を止める手段はほぼない。だから、戦争で敵を追い詰めすぎてはいけない。ただ、若い領主は駆け引きをわかってないおそれがある。
「弓兵は十分に用意しているが、念のためだ」
後ろで様子を観察する。目立つ商人は愚か者だ。目立つ必要はまったくない。




