ワキン家弔い合戦4
ローミ川が東から北に進路を変えたところに面しているコルケ村、この村に俺は拠点を移すことにした。
なお、屋敷を新規で作る気はなくて、ローミ川に面した騎士の屋敷をそのまま使う。ワキン家の一族の屋敷だ。
西は川に面していて、ほかの面も堀で大きく遮断されているので、防御力はそれなりにある。あと、平坦地が屋敷の一段低い位置に広がっていて、兵士も駐屯させやすい。
候補は元々、ラコが考えていたらしい。
それを順番に確認していって、最終的にここに決めた。
「実のところ、問題点は多いです。川を挟んだ対岸は別の領主の土地で、しかもそっちのほうが高台です。川幅からして火矢ぐらいは飛んできます。あと、こちらの所領全体の北側に出すぎています。攻め込む時にはいいですが、攻め込まれやすいということでもあります」
現地に来た時、ラコは腕組みしながら言った。
そう、防御に適しているかというと、難点が多い。
「ですが、サーファ村にこもっているわけにもいきませんからね。あそこは奥まりすぎています。新しい拠点は必要です」
たしかに外に出なければいけないのだが、急に開けた場所に拠点が移るので落ち着きはしない。田舎から都市に出てきたような。
ここもしっかり田舎だけど、狭い谷筋に屋敷があったサーファ村よりはずっと空が広い。
「俺たちはいいけど、これ、近所の領主を刺激しないか? いかにも攻め込む気があるぞって思われそうだけど」
「その懸念はわかります。拠点を移したのは所領経営のためで、ワキン家の土地を奪うことになったのも偶然だったとアピールします。一族で争いがあったことは全員知っているはずなので、おそらくどうにかなるはずです。このために茶会にも何度も顔を出したんですし」
ラコは屋敷から生えているような低い櫓台を見上げた。それのせいで領主の屋敷っぽくなってきたというのはある。塔と呼ぶべきかもしれないが、そこまで突き出て高いわけでもないんだよな。ただ、屋敷もまあまあ高所なので櫓に上がれば見晴らしはいい。
「このへんの領主たちは動きが遅いですからね、おそらくなし崩し的に領主として認めてくれるでしょう。というより、うかつにこちらを攻撃する勇気はないです」
ラコは屋敷の周囲の堀を点検している。元の屋敷よりずっと幅を広くしているので、細い仮設の橋をどければ、完全に孤立した立地になる。
「勇気?」
「言い出しっぺは浮くんですよ。もし仲間が集まらなければ、その言い出しっぺの権威は失墜します。かといって領主単体で、レオンを攻撃できるかというと、難しいでしょうし」
「たしかに。一回やると、ずっとこちらからケチをつけてきた奴だと思われるわけか」
「そのリスクは小領主ほどとりたくないはずです。だから、レオンは怖いという同調圧力が生まれないように茶会にも参加してもらったわけです。北の海沿いのほうの領主はわかりませんけど、中部ぐらいまでは大丈夫でしょう」
ラコは胸を張って言った。
「次は1年かけてキンティー村のあたりまで勢力を広げます。所領を広げたら落ち着かせる、広げたら落ち着かせる。これの繰り返しです」
「となると、落ち着かせるためにもワキン家の生き残りの扱いは慎重にしないとな」
ワキン家の生き残りは地元に残ったままで、俺の家臣ということになっている。
できれば配置換えをしたいところだが、そいつらはゼナ・ワキンに攻撃された側であるので、敗軍にするような真似はできない。
内憂外患のうちの内憂があるとすれば、確実にここだ。一応は当地の支配者のゼナ・ワキンを倒した俺がそれを継承したという立て付けで筋は通るが、同じワキン家がこの土地は守るべきだと思っても不思議はない。反乱は起きやすい。
「ですね。当主の子供が一人生き残ってますしね。フィリ・ワキンという方でしたか。子供だし女子なので、当面は大丈夫でしょう」
「といっても、俺が子供って言うのもおかしいけどな。3つ下ぐらいだろ」
フィリは女子ということでゼナが攻めてきた時も助命されて、家臣のところに幽閉された。
「直系の血が残ってはいるわけだから、丁寧にやらないとな」
「ワキン家の問題も夏から秋にかけてゆっくりやっていきましょう。そこまで辛抱すればどうとでもなりますよ」
●
翌日、新しい屋敷で食事をしていたら、家臣があわてて入ってきた。ナディアに仕えていた弓兵だった男だ。
「「緊急事態です!」
「なんだ、ワキン家の奴が反乱でも起こしたか?」
俺の統治に抗議する奴が出ることはあり得ると思っていた。その場合は悪いけど鎮圧させてもらう。
でも、結果は全然違った。
「北のほうから軍隊が……最低でも300人以上の軍隊が攻め上がってきています……」
食事中のラコがスプーンを落とした。
「300って、それだけの数の兵を独力で用意できる領主はノイク郡にはいませんよ!? そんなに何家も参加してるんですか?」
ラコは頭の回転が速い。300という数に複数の領主が絡んでるとすぐに見抜いた。
「それがシリル・バールという領主が領主たちを焚きつけて領主連合を結成したらしく……」
シリル・バール? あまり聞いたことのない名前だなと思ったが、俺が不勉強なだけだった。ラコの頭の中にはもう誰かわかったらしい。
「バール家というのは大商人の家系です。イノク郡の港のほうの土地もたしかに入手していました。本店はハクラでしょうけど、定義上、イノク郡の領主の一人ではありますね」
海のほうの領主は俺たちの計画ではあまり考慮に入ってなかった。所領が離れすぎているし、海の手前まで俺が所領を増やしていれば、残った奴もこっちに服従するしかない。
けど、海のほうの領主がもう俺たちに興味を持つのか?
リスクはあるが、遠方であるから対岸の火事だと受け止められやすいとは思っていた。
「まさかとは思いますが……私たちの策が察知されているかもしれません」
「おいおい……。あくまでも滅ぼされた領主の弔い合戦に、弱小領主が偶然勝利したって建前のはずだぞ」
「もちろんそうです。しかし、この動きはあまりにも早すぎます……」
ラコはずいぶんシリル・バールという男を警戒しているようだが、もっと先に考えるべきことがあった。
「で、どうする? この屋敷を捨てて後退するって手もあるけど」
山中にこもって敵を各個撃破する方法はなくはない。
ラコは首を横に振った。
「戦争には勝てるかもしれません。ですが、こちらの所領すべてが略奪にさらされます。そんなことは――」
「認められるわけがないな。やり方が汚すぎる」
俺は少し腰を浮かせて、椅子にどかっと座り直した。
「ここで迎え撃つしかないだろ。なあ、来てくれて早々悪いけど伝令役をやってくれ。『ここにこもる兵は最低3日分は食糧を持ってこられる奴に限る。あとは離れて様子を見てていい』、以上だ」
弓兵だった男がうなずく。
「それで以上でしょうか?」
「これでいい。いや……もう一つあるな」
大事なことを忘れていた。
「ナディアに伝えてくれ。『この屋敷の外側の総大将はナディアがやれ。用兵もすべて任せる。ただ、情報収集は極力当たれ』、こんなところだな」
敵がこっちの殲滅を狙ってないことを祈ろう。
やがて敵兵とおぼしき兵士が屋敷の櫓からも見えるようになってきた。
ほぼ同時に敵の使者から書状が来た。
書状には多くの領主の連名でこんなことが書いてあった。
「ワキン家本家の生き残りにワキン家の旧領は継がせると認めろ、そうでなければ土地の略奪をしたとみなす――だとよ。候補のワキン家の人間の名前まで列挙してる。トップはフィリ・ワキンだ」
やはり、俺が所領を急増させたことを侵略だと危険視した存在がいるのだ。
「どうする? 土地を戻すと約束したら撤兵してくれるらしいけど」
「一度、土地を返してしまえばいよいよワキン家の所領を手にすることは難しくなります……。それにワキン家の所領を通らないと私たちは北に出ることもできません。この土地だってワキン家の所領だった場所です。どこかでワキン家は倒すしかないんです」
ラコは頭を抱えた。
「なんとか避けたいですね……」
「なら手っ取り早いのは俺とラコで突っ込むことだけど――」
「敵はそれを待っていますよ。こちらの物見の話では弓兵がやけに多いそうです」
自暴自棄になってくれるなら、そのほうがありがたいってことか。
「しょうがない。ひとまず籠城だな」




