ワキン家弔い合戦1
「ラコ・エレヴァントゥスに謀反の疑いがあったので、一時幽閉した。奥カーマ村の兵も勝手に動かないように。ワキン家の争いに参加した者は軍旗を乱したとして処刑する」
俺は呼び出した兵たちの前でそう言った。
「まさか、ラコ様が……」「信じられん」「でも、最近ゼナ・ワキンとのやりとりは増えていたような……」
兵の一部には動揺が見られた。
大切なのはあくまでも「疑い」ということだ。事実だとは誰も言っていない。
「独断でワキン家のお家騒動に肩入れされると困る。それはエレヴァントゥス家のためにならないからな。あいつもしっかりしてるようでまだまだ若いから油断があったんだろう」
若い? そもそもあいつの意識はいつの時代から発生してるのかも謎だな……。
今、後ろの領主屋敷の中で、兵に部屋を監視されてラコは謹慎しているふりをしている。
『私の演技、けっこう上手かったと思います』
メッセージウィンドウが視界に現れた。本人は気に入ってるらしい。これは自画自賛なので客観性の面で怪しい。
ナディアはこの状況をちょっと面白いと思ってるのか、たまに笑いそうになって、耐えていた。
ワキン家の内部分裂を誘う、これが俺たちのミッションだった。
ワキン家は小領主が多いノイク郡でも、大規模な農地を一括して支配しているせいで、かなりの強豪と言えた。兵士をかき集めれば、百人以上が軽く集まる。正直、まともにつぶしあいはできない。仮に勝てたとしても、ほかのノイク郡の領主たちは新人領主を許さず、討伐を計画するだろう。
実は最初の案は今のものと違った。
本格的に片方の勢力に肩入れして、褒美として一部の所領をもらうというもの。
別にお家騒動に他家が介入するのはザラだし、おかしなことはない。あとは水利の問題でもめごとでも起こして、軍事介入の理由を作って攻めていく。しかし、これだと手順が多すぎる。こっちの大義名分も弱い。
だから、俺がラコに献策した。
「ワキン家の本家のために俺が立ち上がるってことにしないか?」と。
まだ、俺の前には兵士たちが並んでいる。依然と比べれば俺が鍛えたせいもあって、精強な印象がある。
「それと、今、ワキン家当主がゼナに攻め込まれているという話が入っている。ワキン家から正式に救援を求める依頼は来てないので今は動かない。だが、このやり方を認めるつもりはない。情勢次第では今後、出兵するのでそのつもりで」
結果として、この日、ワキン家の本家は滅亡して、ゼナ・ワキンが継承する形になった。
●
3週間後、俺は再度兵士をサーファ村に集めた。
俺は完全武装した兵たちの前に立っている。
「ワキン家を滅ぼしたゼナ・ワキンを今から退治しにいく。敵兵はこちらより多いだろうが、一気にこじ開けるから、お前たちはそこからなだれ込め!」
威勢のいい声が上がる。
ああ、俺も領主になったんだなと思う。
兵士の前には神妙な顔をしたラコが立っている。
「この私、ラコ・エレヴァントゥスが以前の失態の尻ぬぐいをいたします。先鋒を任せてください!」
「わかった。しっかりやれよ」
「はい!」とラコが殊勝に返事をした。
よく言うよと俺は思った。
なんか、あれだな。領主をやってると公正なことだけをやって生きていけなくなるな。
『やむをえません。それより、今回の敵は前のしょぼい領主とは格が違いますよ』
わかってる。リスクはあるが、そのぶん勝てば一気に俺の立場が塗り替わるってこともな。
ワキン家の所領をすべて手にしたら、俺の立場はノイク郡でもトップレベルの勢力の領主になる。コルマール州の中でも目立った新興勢力とは思われるだろう。もう少し努力すれば子爵の地位ぐらいは王国に申請しても分不相応には当たらなくなる。
ゼナ・ワキンの弓兵は南から北に流れる川の奥でこちらを待ち構えている。橋はもちろん落とされている。
俺たちとしては北から回り込んで決戦をしかけるつもりだが、そっちに本隊がいて、ゼナ・ワキン本人が建物を焼いたワキン家の屋敷へのルートを守っている。このあたりはぬかるんでいて、守るほうが圧倒的に有利だ。
これまでもゼナ・ワキンの兵のステータスは見たことがあるが、平均的な兵士より大半が能力が高い。ゼナ・ワキンが優秀というのは本当なんだろう。実力はあるのに生まれなどのせいで家を継げなかったりした奴が集まってきたのだと思う。
数もお家騒動で殺し合いになったとはいえ、まだまだ俺たちより多い。普段は戦争に参加しない農民も兵としてかき集めたのかもしれないが、下手をするとこの本隊だけで150はいる。
敵兵も落ち着いている。お家騒動後の混乱期とはいえ、戦えば勝てると思っているわけだ。その考え自体は正しい。こっちを追い返して終わりのつもりだろう。
その力の差を強引に埋める。
「では、ラコ・エレヴァントゥスが武功をお見せしましょう!」
ラコが剣を持って、敵兵へと突っ込んでいく。
真っ先に敵に突っ込んで敵の陣を破壊する役を、このあたりでは「ビン開け役」と呼ぶ。武功も高く評価されるが死亡率も高い。当然、敵に一斉に狙われるからだ。
だが、この役目が成功したら、戦況が大きく変わるのも事実。
そして、ラコが失敗するわけがない。
「はぁぁぁぁっ!」
「あいつの装備は薄い! まとめて矢を放て! 女の騎士などに負けるな!」
馬に乗った敵の武将が叫ぶ。矢がラコのほうを狙うが、剣で斬り捨てる。
そのままラコはぬかるみも気にせず、どんどん突っ込んでいく。
「どうしました? 矢でないと攻められない腰抜けですか?」
「死ぬ気で来ておられるようだ。望みのとおりにして差し上げろ!」
馬上の敵将の声に兵士たちがラコのもとへと殺到する。
「ザコに用はありません!」
だが、ラコは適当に兵士たちをいなすと、なおも前進を続ける。
兵士たちがいた場所は地面もしっかりしているのか、移動速度も速くなる。
敵も止めようと食い下がるが、ラコは剣一本で払いのける。
この時点でおそらく敵も本能では悟っている。
何か異常が起きているなと。だが、それが何なのかまだ言語化できてない。だから、とにかく異常であるラコを止めようとする。
ラコは自分を倒せと命令していた、馬上の敵将の前まで来ると、そいつを馬から引きずり下ろした。
馬が驚いて、どこかに駆けてゆく。
敵の司令塔が消えた。




