大事な顔合わせ期間
茶会みたいなものはほかにもあった。
こっちは気をつかう分、もっと鬱陶しかった。
「いやあ、うちのところはバカ息子がどうにもなりませんのでな」
「そんなことありませんよ。こっちなんか後継者が養子なのですが、あまり折り合いがよくないです」
そんなおじさんばかりの茶会に俺とラコも顔を出している。
ここにいるのは、同じノイク郡の領主たちである。領主たちで集まる懇親会のようなものだ。
一切楽しくない。
『いいですよ、その表情。適度につまらなそうです』
メッセージウィンドウでラコがアドバイスをしてくる。さすがに小声でもしゃべれない。
何がいいんだよ。楽しくしてるほうがいいんじゃないのか?
『この場にいるのは近隣の領主ばかりです。そこで急に出てきた若造があまり楽しそうだとおじさんたちは面白くないわけです。調子乗ってるように見えますから』
面倒臭い! 楽しんだらダメな茶会って何なんだよ!
『かといって、冷笑的だったり舐めた態度でいるのはもっと困ります。それでは敵を作ってしまうので。場違いなところに来て、おどおどしてるように見えるぐらいであれば、やっぱり若くて苦労してるんだなと油断してもらえますから完璧です』
これも今後の戦略のためだと思って、俺は楽しくなく振る舞うことにした。
本当に楽しめてないので、素を出してるだけでもあるのだが。
ちなみにラコは重臣を一人連れてきたという扱いではなく、奥カーマ村の領主ということで参加している。俺とは同格のエレヴァントゥス一門だ。
『このほうが茶会に参加しやすいでしょう。領主だけで膝を突き合わせて茶会をしようと言われれば重臣の立場では同席しづらいケースもあり得ます』
それはそのとおりだ。
だったら、ナディアもエレオノーラさんに頼んでカーマ村の領主にしてやってもよかったんじゃないかと思うけど。
『それをやるとレオンとナディアさんが同格になってしまって、ナディアさんとともにやってきた方たちがレオンに従う根拠がなくなります。ナディアさんの反乱を誘発するのは愚かです』
きっちり論破されてしまった。まったくラコの言うとおりだと思う。
にしても領主っていうのはずいぶん呑気なもんだな。もっと、ギスギスしてるか厳格でピリピリしてるかだと思ったのに。
『それはこのノイク郡が特殊なんです。こうやって、突出する者が出ない空気でずっとやってきたんですよ。近くで太守が目を光らせてない空白地帯ですから』
たしかにクルトゥワ伯爵家という大看板がかかっているものの、大看板はやってこないという状況がやけに風通しのいいノイク郡を作ってしまっている面はある。
『とにかく今のレオンの役目は居心地が悪そうにしておくことです。もし、変な質問が来ても、私が教えたとおりに回答してください』
その変な質問は、本当にやってきた。
「海神神殿の若い領主の目標は何かね?」
さしあたってこのノイク郡を統一することですなんて言ったら変な空気になるだろうな。絶対に言わないけど。
「キンティー村はかつて海神神殿の荘園だったそうなので、そこを返還してもらえるならありがたいですね」
その言葉は大きくハズレでもなかったらしく、出席者は感心した顔をしていた。
ノイク郡のほぼ中心部を東西に走る街道に近いところにキンティー村はある。ひとまずの目標がこのキンティー村ではあった。ここまで勢力を北上させられなくても個別に入手できてもありがたい。
「そうかい。自分ならワキン家の土地がほしいとか言っちゃいそうだな」
その領主の言葉にほかの領主も笑った。
『本心ではそうですけどね』
ラコがメッセージウィンドウで告げてきた。
●
サーファ村の北を流れるローミ川をちょっと東に進むと、一気に平野地帯になる。本当の大平原から比べたら、雨粒の一滴かもしれないが、サーファ村と比べれば、圧倒的に広い。
ここはローミ川が北に進路を変えた直後の箇所の東側に広がる氾濫原だ。大雨の時にカーブを曲がり切れなかった川の水が東に平野部を作ったらしい。平坦地の面積だけならサーファ村の10倍近い面積はあると思う。農作物も段々な土地よりはるかに育てやすいから、収穫量は10倍を軽く超えるだろう。
さすがにそれを1つの村ということにはしておらず、これもサーファ村やカーマ村同様に、
行政区画としては、南の山から北に下ってくる川を基準にして平坦地を東西3つの村(西からコルケ村・マスコフ村・トラン村)に分けている。
さらにもう一つ東の奥の峠沿いの平坦地(カサリー村)と、南側の山中の手前の平坦地(ジーファ村)が独立した別の村になっている。
合計5村だけとはいえ俺たちとは収穫量が違いすぎるので、領主としての格としてもはっきりと向こうが上である。
このサーファ村の東の平野地帯はワキン家という領主が4村を管理している。南側のジーファ村だけは地元の村長みたいな領主が管理しているが、代々ワキン家に付き従っている。かつてのカーマ村の領主みたいな規模の勢力だから、それはそうなる。
このワキン家に俺たちは何度も顔を出していた。
というよりラコのほうがよく顔を出していた。領主ではあるので、お付きの女性ぐらいは連れているが、自分がいないところで単独行動をされると、なんか変な感じではある。
「いやあ、ワキン家のほうはなかなかぎくしゃくしているようです。いずれ兄弟での殺し合いになりますね」
ある日の夜、俺とナディアだけがいる前でラコが楽しそうに言った。笑顔でしゃべることじゃないだろうと思うが、ナディアのほうは聞きたそうだったので指摘などはしないでおく。
「ご存じかもしれませんが、繰り返しますね。ワキン家の当主には庶長子の兄がいて、この兄は東の隅の村を所領としてもらっています」
「カサリー村だな。広々としたサーファ村ってところだった」
「この兄はこれにとうてい納得していません。本家を継ぎたいようです」
「でも、庶子の生まれなのでしょう? 家が継げないのはやむを得ない気がいたしますけれど」
当然の疑問がナディアから飛んでくる。
「ええ、そうです。ですが、人間の能力というのは全員同じではありませんからね。能力的にはずいぶんと兄のほうが優れていたそうなんですよ。兄弟が幼い頃から、これなら兄が家を継いでもいいのではと家臣たちは話していたそうで」
「でも、その兄も村1つはもらってるんだろ。村3つを追加でもらえるからって弟を殺そうとするものか?」
「南北2キーロ四方の土地の領主になれるなら、それを望みますわ。コップの中の出来事ではありません」
冷たくナディアに返された。
俺がのんびりしすぎているのかもしれない。
「というより、噂によると家臣団は今も真っ二つに分かれているのだとか。その状態を放置している当主である弟のほうものんびりしすぎています。わたくしなら先に兄を滅ぼして一族を統合します」
ラコもそれが常道だろうなという顔をしていた。
「一族まとめて消滅したせいで、一族の暗闘を見ずに済んだのはよかったかもな」
「あっ……別にそういう意味で言ったんじゃありませんわ」
「いや、ナディアが気にするな。皮肉じゃなくて本当にそう思ってるんだよ。考えてみれば、大半の領主は一族の間で殺し合ってる」
一族が結束してるほうが貴重だ。ワキン家もよくあるいがみ合いをしているだけだ。
「それで、俺たちは何をしたらいい?」
「レオンは何も意見を持たなくていいです」
「いいかげんにやれってことか」
「侮ってるわけじゃないですよ。いいかげんだと思われるようにしてくれということです。相手に切れ者だと思わせるべき時と、思わせないほうがいい時があります」
意外と難しい要求だ。いいかげんにもいろいろある。
「ワキン家とは交流しつつ優柔不断でいてください。本家とだけの交流でけっこうです。本家もレオンを怖がることはないから、悪いようにはしませんよ」
「茶会や晩餐会を楽しんで、当主を褒めておけば十分か」
「ええ。その間に私は庶長子の兄と仲良くなっておこうと思います。なにせ、私は同じ一門のレオン・エレヴァントゥスに所領規模で差をつけられていますから。本家でない者の苦しみには同情しやすいわけですよ」
楽しそうにラコは「設定」を語った。
「ラコ様、まさか奥カーマ村の領主となったのもそれも計画だったんですの……?」
ナディアが驚いた顔をしていた。
「いえいえ、それは偶然です。領主間の茶会に出やすくするのが目的でしたよ。ただ、領主の立場なら切れるカードが多いというだけです」




