村と村との潰し合い4
途中、カーマ村の高台の小屋に人が集まっているのが見えた。
非戦闘員の農民たちが避難しているらしい。戦わずにすむならそのほうがいいよな。
「拍子抜けするほどあっさり入れたな」
「細い道であれ、警備の兵士ぐらい置くべきですがね。その余裕がなかったんでしょう。戦慣れはしていませんね」
ラコも苦笑していた。
俺たちは高台の小屋を横目に完全にカーマ村の中へと入った。
空気は殺伐としているが、人気はあまりない。おそらく戦える奴は北の川のほうに下って、戦えない奴は高台の小屋に逃げてるから、間は空白地帯になってるのだろう。
おかげで全然見とがめられることもなく、移動できた。
誰にも見られなかったってことはないだろうけど、見て見ぬふりをされる分には問題ない。
さすがに川が近づいてくると、怒声が上がりそうになったので、その前に吹き飛ばした。薙ぎ払いの技術が敵が多いところでは役に立つ。
「おい、あれは誰だ!」
「見慣れない奴だぞ!」
陣のほうから声が飛んできた。このまま突っ込んでいってもいいんだが、それじゃ騙し討ちみたいになるからな。どうせなら恨まれないように、正々堂々と。
「我こそはサーファ村の領主、レオン・エレヴァントゥス! 従姉のラコ・エレヴァントゥスとともにカーマ村の非を質しに来た! 命の惜しくない者はかかってこい!」
『口上は少し照れが見えますね。65点といったところです』
戦いの前からメッセージウィンドウで変な寸評するな。
『だって、まともに戦えばさすがに勝負になりませんからね』
それはそうなんだよな。手近な奴らのステータスを確認する。
運動が40前後の奴ばかり。いや、40未満の奴のほうが多い。まともに戦場での戦いを続けたらそんな数値で留まることはないはずだ。たいして修練もしてない証拠だな。
そんな奴らに限って突っ込んでくる。
がちゃがちゃと重そうな鎧を鳴らしながら。
お前ら、それは剣士に失礼だぞ。
俺はヴァーミリオンを構える。
「なんだ、木の剣か! そんなもので――」
脇の隙間を突き刺した。
悲鳴が上がって、兜の部分が少し浮いて、首との間に隙間ができたので、今度はそこを突き刺した。
その横の奴は上から叩き落とすようにして、地面に倒れたところを隙間が見えたので、そこを刺し貫いた。
ちゃちな金属ぐらいならこの剣は貫ける。魔法で強化されてるから、ただの木の剣じゃない。それと、ただの木の剣で戦場に向かってくるわけないだろ。
ほかの奴は俺たちと同じで軽装だな。じゃあ、容赦なく行くか。
敵がそれだけでひるむ。逃げ出すならそれはそれでいいが、ラコのほうに向かう奴がいた。命知らずすぎる。
ラコがロングソードを簡単に振るう。
それを受けた敵の体が大きく曲がっていた。
「戦いですからね。やむをえませんよね」
さらに二人の首がロングソードを受けて大きくゆがむ。
切るより叩くほうが早い。それがラコのやり口だ。
逃げようとする奴が半分、突っ込もうとする奴が半分。
突っ込んでくる奴はまとめて薙ぎ払う。倒れた兵士はラコが上からロングソードで背骨を破壊していた。これだけ実力差があれば、戦場でもほぼ作業になる。
「ダメだ……。こりゃ化け物だ……」
そう叫んだ奴のステータスは運動が35しかなかった。俺たちが強いというよりお前が弱すぎる。
そこに矢が飛んできた。発光する矢が。
その矢は革の鎧を貫いて、男の胸を突き刺した。
「ナディア、ありがとうな!」
この声は届いたかな。半々ってところだな。
矢がまた飛んで兵士を貫いていた。意図的にナディアに攻撃は止めてもらっていた。先に敵の戦陣が崩壊すると挟撃が成立しなくなる。
おそらく、いつものようににらみ合いで終わるとここの領主は思ったんだろうな。それ自体は間違ってはいない。どちらも損害を出したくなければ、まともな戦闘に入ることなく撤兵することはよくある。
でも、にらみ合いだけが前提だったなら、それは問題だ。
サーファ村のほうからときの声が上がる。ナディアから突撃の命令が出たな。カーマ村のほうは持ちこたえる気力もなさそうだ。
一方で、俺は敵の領主のところに向かった。すたすた歩いて向かえるほどに敵はパニックになっている。
「なんなんだ、お前らは! いきなりやってきて、いったい何者なんだっ!」
領主はキレていた。鉄の兜は外しているから顔はよくわかる。
「卑怯な振る舞いはしていませんよ。宣戦布告もしましたし、あなたたちはこちらに従うチャンスもあった。叱られる覚えは一切ありません」
「こっちは代々このカーマの土地を守ってきたんだ! それがいきなり奪い取られるのか! こんなことがあっていいのか?」
300年前でも古臭いと思われそうなことをそいつは言った。
土地を守るという意識はわかるが、大半の領主はそのためにあらゆることをやる。血みどろの抗争を繰り返して守ることもあれば、昨日の敵に従うこともある。あんたらはそれをやってこなかった。
それだけこの土地が平和だったということか。戦略的な価値もなさそうだもんな。
「レオン、やってください。戦は終わっていません。たわごとを聞いているうちに刺されでもしたらこちらのミスです」
ヴァーミリオンを構えて、思いきり振り抜いた。
「うおおおおあああああっ!」
領主の首が宙を舞った。
勝ち負けはこれでついたと言っていいはずだが、勝ったと思って武装を解くわけにもいかない。交渉に応じてくれる副将に当たる相手が誰かもわからない。戦はそのあとも続いた。ナディアの軍隊が続々とやってきた。
「戦場にいるカーマ家の者は殺していい。ただ、武装してない者は殺すな! 非戦闘員に乱暴を働いた者は処刑する!」
残党狩りがしばらく続いた。
俺の人生初の領主同士の戦いは、戦局が動いてから一時間ほどで終了した。
この日、カーマ家は滅亡して、カーマ村と奥カーマ村は俺の――正式にはミュー海神神殿の所領に編入された。
●
戦の二日後、俺とラコは海神神殿のほうにあわてて向かった。戦の翌日は状況を落ち着かせるためにちょっと留守にはできなかった。
「というわけで、カーマ村と奥カーマ村を支配することになりましたので、報告に上がりました」
俺は主君に当たるエレオノーラさんに丁重に頭を下げた。
「ミュー海神に誓って不正はありません」
「それは、そうかもしれませんが……いろいろと性急すぎますよ」
エレオノーラさんは厄介ごとが増えたという顔をしていた。
俺たちの間にテーブルにはノイク郡の地図が置かれてある。
「それでこの新しい村の支配権ですが。このレオン・エレヴァントゥスの管理ということにしていただけますと幸いなんですが」
エレオノーラさんは諦め気味にうなずいた。
「まあ、こっちの損にはなってないからいいですけど、この調子で今後は南側に攻め込んだりはしないでくださいね。それをやると殲滅されますよ」
そう、俺の所領になっているのはノイク郡のすぼまったところで、ローミ川を下流に進めば一気に平坦な農地が広がる。モザイク壁画みたいにいろんな小領主がそこの農地を分け合っている状態だ。
「レオンさんの軍事力はよくて100人ぐらいですよね。いや……そんなにいないか。70人として、まあ、横の領主にケンカを売って勝てるかもしれませんが、そうすると一斉に小領主が手を組んで突っ込んできます」
エレオノーラさん、俺たちの思惑をなんとなく気づいてるんじゃなかろうか。いきなり村二つを増やしたからそれはそうか。
ラコは神妙な面持ちでうなずいた。
「はい、まだまだ狭隘な土地の領主に過ぎないことは理解しています」
それから立ち上がって地図に指を置いた
「ただ、いくつか策は考えています。たとえば、このキンティーという土地ですが、かつて海神神殿の荘園であったと記録にありますね」
「ええ、二百年前に有名無実になってますけど」
「そろそろ土地を返還してもらいたいとクルトゥワ伯爵に訴えていただけますか? おそらくカーマ村領有の説明は必要でしょうし」
またエレオノーラさんは大きくため息を吐いた。
「私の名代ということにしますから、あなたたちで行ってきてください。村3つの領主なら、エレヴァントゥスいえの重臣クラスということにはなるでしょう。そこで好きなように進めてください」
また丁重にラコは頭を下げた。
「ありがとうございます」
冷ややか、いや冷静な目でエレオノーラさんは俺たちを見据えた。
「あの、あなたたちが何をしようと、何を計画しようとはっきり言って私はかまわないんです。エレヴァントゥス家は領主として立ち回ることを半分放棄しましたので。ただ、ミュー海神神殿が滅ばないようには立ち居振る舞ってくださいね」
ああ、この人も乱世を見てきたわけだ。だいたいのことはわかるんだろう。
「どうせあなた方の目的はかつてのアルクリア竜騎士家の規模に家を戻すことでしょう。気持ちはわかりますよ。私の一族でもそれを目指して道半ばで死んでいった者がたくさんいますから」
「いえ、目指すべきはもっと上です」
どうせアルクリア竜騎士家と同じ規模になったところで、ぴたっと止まれるわけはないのだ。
そのまま攻め続けるか、そこで滅ぼされるかになるリスクは高いし。
そこでエレオノーラさんは楽しそうに笑った。
「私はあなたの生き方を恐ろしいと思いますが、否定はしませんよ。だって、そんなものを夢見たこともありはしますから」
たしかに俺もラコがいなかったら、聖職者の道を目指しただろうな。
俺とエレオノーラさんの違いはほんのちょっとしたことだったんだろうと思う。




