村と村との潰し合い3
こっちが使える兵力は約30人(ナディアの仲間が中心。農民は除く)、向こうはおそらく2村合わせて60人(農民が参加して抵抗した場合はもっと増えるかもしれない)。
領主屋敷の前の地べたに座って、俺は紙の上に簡単に地図や数字を描く。
海神神殿との書状のやりとりの包み紙の裏面だ。公式に残すものじゃないからこれでいい。
周囲は兵士たちが見守っている。さすがに全員は入れられないからな。
「はっきり言って、人はあまり殺したくありません」
まずラコが口火を切る。
「さすがラコちゃんは慈愛の精神があるなあ」と兵士の一人が言った。こいつ、どこででも男に人気あるな……。
「いえ、今後カーマ村も支配する時に、こっちが殺しまくったとなるとやりづらすぎますので」
徒歩15分や20分の距離のところで仇討ちを果たすぞと思われたくないもんな。
「一番確実なのは、じわじわと相手を押していって、これ以上は戦えないと思わせて向こうから降伏させることです。ただ、村と領主の力関係はよくわからないんですよね。村の意向を無視しても兵士たちは戦い続けるのか、農民が無理だと言いだしたら諦めるのか」
このあたりまではラコでもわからない。当の村民や領主すらわかってない可能性がある。
「なんとか、領主一族だけを滅ぼしてしまいたいんですがね。領主と領主の殺し合いなら。少なくとも形の上では恨みっこなしですので。ただ、領主一族ということは軍人ですから、戦慣れしてない人間が突っ込めば、こちらの村の死者が増えすぎます」
ラコは時間をかけてどうにかすることを考えているようだ。小さなサーファ村で何人も犠牲者が出たらもはや勝ったことにはならない。たしかにこっちの犠牲も少なくしないといけないのは必須で、妥当だとは思うが――
一つ、案をひらめいた。
俺は地図の南の山のほうに線を一本引く。サーファ村からカーマ村への線だ。
本来は北の川から回り込むのだけど、その真逆。南の山を通ってカーマ村へと下る線。
「なあ、ナディア、このルートあったよな?」
山からの細い沢がいくつも下っていくと、その一部が道になり、さらにわずかな平坦地を作る。サーファ村も細い沢や今は枯れてしまった沢によって作られている。西隣のカーマ村も基本は同じ構造だ。
なので、サーファ村から山に上がればどこかで西のカーマ村へと下っていく沢にも合流するだろうし、そういった沢が作った登山道のようなものもあるはず。というか領主になって村の地形を確認する時に簡単な確認はしている。
「はい、ありますわ。木こりが木を集めるのに使ったり、野草やキノコを集めに行くのに通るぐらいの狭い道ですけど。どこの村でも後ろに山があれば、山の恵みを得るための道は持っていますわよ」
これは使えるな。
「ナディア、手勢の大半で北のローミ川から攻めろ。といっても、出張ってきた敵の兵とにらめっこしていればいい。兵の実力ならナディアたちが圧倒的に上だから、うかつに攻めてこない」
そこで命知らずに攻めてきたら、その時はその時だ。自分から攻めて死んで恨むバカは無視する。相手を殺すつもりで戦場に出て死んで恨むなんてのはさすがに筋違いだ。
「で、俺とラコで南の山から回り込んで、カーマ村に入る。領主の首だけを目指す。兵士が攻めてきたらそれはつぶすけど」
これは領主と領主の戦だから、そこは慈悲は加えないぞ。
ラコははっとしたような顔で俺を見つめていた。
「レオン……」
「ん、どうした?」
「本当に成長されましたね。たしかにそれが最も簡単です。こちらの犠牲を減らすなら、犠牲にならない私たちだけで戦えばいい……」
いや、お前が尊敬のまなざしみたいなのを向けるのはおかしいだろ。
●
翌朝、ナディアたちの部隊がゆっくりと北――ローミ川のほうへ進発する。川まで出て、左に少し進めばあっさりカーマ村に着く。
戦争は大半が朝に行われる。日が暮れてしまうと身動きができない。誰が誰かわからないのでは同士討ちになりかねず剣も振れない。あと、誰だってどこに敵がいるかわからない不安の中で戦いたくはない。
だからこその夜の奇襲も成り立つわけだが、両陣営ともに少人数すぎるので、そんなものはほぼ成立しない。
「では、行ってまいりますわ」
「達者でな。どうせすぐ会うけど」
俺はナディアとハイタッチをした。
で、ナディアたちを見届けてから、俺とラコは南のほうの山道に静かに分け入っていく。
速度は遅い。というか、早く行き過ぎると攪乱効果が弱まる。
「こうやってラコと二人で戦うことも、今後はなくなっていくのかな」
山の中を進みながらつぶやいた。カーマ村の連中が山伝いに攻めてくる様子はない。向こうは泥棒をした側だしな。これで先手を打って侵略に向かうのは心情的にやりづらいだろう。
「たしかに領主としての規模が大きくなれば、多くの兵を指揮することになるでしょうが、こういうのは領主の性格次第ですね。偉くなってもやたらと自分から前に出たがる領主もいるので」
にやっと楽しそうにラコは笑った。
「それこそ、ラコと一緒に戦いたいと言うなら、戦ってあげますよ♪」
「そうなんだよな。ラコと一緒だと楽だし」
「ら、らく?」
「お前の実力だと絶対にピンチにならないだろ。自分が守らないとって気負いも減るし」
「最悪です! およそ女性に言う言葉ではありません!」
けっこうラコは本気で怒っていた。
「いや、男女以前にお前は将としてここに来てるんだろ。だったら実力を評価されて喜べよ?」
「それとこれとは話が違います! 本当に最悪です!」
女心を理解するのは難しい。
「ところで、この戦いに勝って所領を増やせば、レオンの父親と同規模ぐらいの領主になれますね」
いきなりラコが話題を変えた。
「感慨みたいなものはありますか?」
「マジで何もない」
俺は即答した。
「だって、通過点なんだろ。俺が太守になるぐらいまでは前提でお前は計画してるだろ」
「はい」
ラコも即答した。
「ちょっと嫌な話をしてもいいですか?」
「メッセージウィンドウで表示されるよりはマシだな」
「剣士として、大領主に突き進む道を目指せるかは、生まれ次第なんです。しかもただ偉ければいいって問題でもないんです。ほどほどに自由でないと何もできません。たとえば竜騎士家の当主が州の太守で、その分家にレオンが生まれて太守を目指すとしたら?」
何が言いたいかだいたいわかったぞ。たしかに竜騎士家の嫡流が万全の状態で、最初から太守だったりしたら、俺が太守を目指すことは不可能だった。
竜騎士家の分家の分家が竜騎士家を統一するには、何回竜騎士家と戦わないといけないのか。謀反に次ぐ謀反。そんなの誰もついてきやしない。
「その世界では俺はクソ太守のガストス・ベルトランの役回りだな。竜騎士家を殺しまくった奴として、生き残りの竜騎士家から恨まれまくってる」
「そういうことです。それに勢力を拡大するには容赦なく近所の敵を倒さないといけません。おそらく一族の誰それの親戚だとか、自分の母方のおじさんだとか、そんな人を倒すことになるでしょう。やりづらいです」
「うん、わかる」
一本道の山の坂は途中で四差路ぐらいの複雑な辻にぶつかる。ここでカーマ村のほうに下りていく。
「その点、今のレオンは近くに知り合いの領主なんて誰もいない別天地にいます。意味、わかりますよね」
「規模は弱小でも拡大のチャンス自体は大きいってわけか」
「楽ということです」
あっ、こいつ、わざとその表現、使ったな。
「ここを下れば、カーマ村ですね。おそらく領主屋敷は留守居の人が守ってるだけと思いますが、どうしますか?」
「無視でいい。非戦闘員がいたら戦いづらいし」
戦争で敵の本拠地を襲撃するのはまた別だろうけど、やっぱり戦う意志のない奴とは戦いたくない。
「川のほうに領主は出張ってるだろ。そこを攻める」




