インターミッション 弱小領主の憂鬱
元々、嫌な予感がしていたのだ。
カーマ村と奥カーマ村の領主、デイズ・カーマはげんなりした顔で鎧に着替えている。
一族の中にはいきり立って「小僧をぶっ殺してやりましょう!」と息巻いている者もいるが、そう都合よくいく気はしていない。数では勝っているとはいえ、勝ち目のない戦いをわざわざ敵が仕掛けてくるだろうか。
もともと、カーマ村とサーファ村は仲が悪かった。理由は村民の明確な嫉妬の念にある。
田舎の村だから貧富の差などたいしたことはない。大貴族や都市の商人からしたら、どんぐりの背比べにしか思えないだろう。だが、人間というのは必ず自分の近くと自分を比べてしまう。
サーファ村はミュー海神神殿の所領だ。そのため、神殿への供物のお下がりがサーファ村にはよく届いた。魚のオリーブオイル漬けだとか干物、タコやエビの瓶詰、カーマ村では海のほうまで出向いて現金を使って得るしかないものがタダで送り込まれる。魚だけでなく、加工した肉製品が届くこともある。
自分たちの知らないものを隣村の気候も風土も変わらない人間が食べている。
誰だって腹が立つ。
だから、過去にもサーファ村のものを盗む村民はいたのだ。ただ、かつてはサーファ村にいたのは徴税管理でミュー海神神殿から出向いている老僧のような者だったりしたので、そうひどい罰も向こうは与えようとしなかった。
それこそ、同じカーマ村で盗めば腕を切り落とされるようなことでも、土牢で10日我慢すれば許されていた。村が異なるからこそ、さらに険悪になるような重すぎる罰は回避されていた。
しかし、サーファ村が賊に奪われてから、空気が変わった。サーファ村がどうなろうといいのだが、自分のすぐそばで激変が起きているのがデイズは気持ち悪かった。
カーマ家は山の迫った狭い村二つをのんびり統治し続けてきた。統治というほどではなく、武器がちょっと多い村長とその一族といったあんばいで生活していた。それが数百年続いてきたのだ。
州の太守が変われば形だけは臣下に入りたいという旨の書状は送ってきた。当主は太守の本拠に来て生活しろなどと無茶を言われることもなかった。カーマ家の生活基盤はずっと苗字の地のカーマ村と奥カーマ村だった。
交通の要衝でも何でもないので、歴代の太守にとってもどうでもよかったのだ。強大な太守でも攻め滅ぼされることがある動乱の時代でも、カーマ村はほぼ変化がなかった。
なのに、隣村が急激に変わりだした。
賊が何十年もサーファ村を支配できるとは思ってなかったが、それを鎮圧したという若い男が領主になった。
若い奴は血の気が多い。
カーマ村と衝突することがあるのではと思った。
そのくせ、食糧貯蔵庫はカーマ村の人間が遠方の市場や商都ハクラへ出る時のルート上に置かれていた。あまりに甘い。自分の村以外の人間の目につく場所にそんなものを置いてあるのは、いかにも若い奴の間の抜けた発想だと思った。
その矢先、村民が共謀してサーファ村の食糧貯蔵庫を盗んだ。それがすぐに発覚してしまった。
盗みに関与した村民家族をまとめて送って来いと若い領主は言う。
できない相談だった。何人かの男が共謀してやったことをデイズはすでに知っている。その家族までまとめて捕らえるとなると20人だか30人だかになる。
若い奴は血の気が多いから、その全員の腕でも切り落としかねない。それがおかしくないぐらい、本来盗難は重罪だった。小さな村落での食糧の盗難は共同体を破壊する行為だからだ。子供でも死刑にしている州すらあるという。
一人ならともかく、関与した者が多すぎる。差し出せる数ではない。
そんなことになれば、誰も自分たちカーマ家を領主と認めなくなる。村の人間を守るから、領主は領主でいられるのだ。それに兵士の多くは村の有力農民だ。そいつらの不興を買って、誰が自分たちの身を守るのか。
戦うことを決断したというより、戦うしかなくなっていた。
デイズは自分が車に乗って大きな力に引きずられているような気がしていた。この車から早く飛び降りないといけないのだが、飛び降りるのは恐ろしい。
「とにかく、北の川まで出て村の入り口を閉ざして、しばらくいがみ合っていればいいんだ。兵の数では負けてないんだから、そのうち講和の話になるさ。そこで家宝の鎧でもくれてやれば小僧のメンツも守れるだろう」
そう言い聞かせてデイズは屋敷を出た。




