村と村との潰し合い2
サーファ村に戻ってくると、坂の途中でナディアが不思議そうにラコに尋ねた。もう、ラコのほうが軍師の役回りだとわかってきたらしい。
「仕込んでいたのはわかりますが、なぜ隣の村が盗みに入るとわかったんですの?」
「別に誰も盗みに入らないなら、それはそれでいいじゃないですか。ちなみに、黒魔法で洗脳したなんてオチでもないですよ。ただ、隣の村の方も焦っているのはわかっていましたので」
俺は事前に知らされていたので、驚きはない。
ローミ川に近いところに管理の甘い貯蔵倉庫を置いてあるという話もさんざん流していた。
「焦っている? そんなに飢えていたとかですの?」
「年間の餓死者の数を統計でとると、この国の州は大半が春から夏の頭が一番多いのです。なぜでしょうか?」
いきなりラコがクイズを出した。
「えっ? とくに寒い冬とも無縁の時期ですし……」
「今年の収穫が本格化する前の時期が一番食糧の備蓄が薄くなるタイミングだからですよ」
「あっ! なるほど! 理屈ではそうなりますわね!」
「なので、食糧に余裕がない村も統計的にはこの時期が一番多いわけです。無論、地域差も、村それぞれの違いもありますし、十分な備蓄のある村もありますけどね。でも、西隣のカーマ村、さらに先の奥カーマ村は何度か顔を出したりもしましたが、豊かというほどの様子はなかったです。サーファ村も大差ないですけどね」
「平坦地がなさすぎる。収穫量も望めないよな。大領主の所領ならほかの所領から食糧を持ってこられるが、領主はこの村二つだけしか有してない」
そこで、俺たちはカーマ村が簡単に食糧を奪える罠を仕掛けたというわけだ。
「たしかに、サーファ村も飢えに直結するとまではいかなくても暮らし向きに余裕があるということはありませんでしたわね。でも、最近は以前よりは農村の方も落ち着いているような気もするのですが」
「海神神殿のほかの所領から食糧を送り届けられますからね。ナディアさんたちが村を奪っていた頃は村内で自給自足するしかなかったですから、みんな意識的に切り詰めていたはずですよ」
ラコはすらすらと話を続ける。
けっこう高台まで来た。後ろを振り返ると、田畑がぽつぽつと見渡せる。
これを守るのが領主の第一の仕事だ。戦争は第一ではない。というのも村の管理を諦めて境界に土地ごと寄進してしまった領主とか、経済的に余裕がなくなって村を売り払った領主とか、過去に数えられないほどいるからだ。
剣を抜くことがなくても、領主は敗北する。
で、隣の領主は敗北を受け入れる前に無茶なことをやった。
「カーマ村とその先の奥カーマ村はずっと地元の領主一族が支配していた。その先は峠道を越えないと北にも出られないし、南はこの辺と同じで山。実質行き止まりみたいな場所だ。だから、ほかの領主に奪われることもなく、細々とやってこられた。けど、ついに限界が来た」
サーファ村は危機的状況に海神神殿が保護してくれる可能性がある。でも、隣の村には自立度が高い分、そういう保護者もいない。
厳密には、この州の太守のクルトゥワ家に泣きつく権利はあるんだけど、ほぼ確実に見殺しだろうな。村を奪われても放置されるんだから、餓死者が続出してるわけでもない村に施しがあるわけがない。
「用意周到ですわね。サーファ村を奪った時も周辺の村まで狙おうとまでは思っていませんでしたので……」
ナディアは信じられないという顔をしている。
ここまで考えたのはラコなんだけどな。ラコはこういう「はまってくれればラッキー」という罠をいくつか張ってある。
「ナディアさんの目論見は実効支配を数年続けて、なし崩し的に自分を領主にしてしまうことでしたでしょう。それはそれで正しいですよ。そんな時に周辺の村まで略奪しまくると、州の有力な領主が鎮圧に来るリスクが跳ね上がります」
そう、サーファ村だけの問題だったから、海神神殿が自力でどうにかする羽目になっていた。
「まあ、カーマ村に軍事力も野心もあればナディアさんたちを追い出して、権益の一部をよこせとか海神神殿に要求したでしょう。それがまったくないということは余力はなかったか、興味がなかったかということです」
屋敷のあたりまで近づいてきたので、俺はぱんぱんと手を叩いた。
その音を聞いた兵士たちがぞろぞろと集まってくる。
少しは信頼されてきてるな。俺の家臣になってくれている気がする。
「カーマ村を攻めることに決まった。作戦を立てたいと思う」




