領主としての第一歩
「ダメだな。腰が引けてる。それだと、相手に致命傷を与えられないし、もう一歩踏み込まれたら転倒するぞ」
「は、はいっ! 領主様!」
俺は並んだ五人に順番に稽古をつけていた。
一人と簡単な手合わせをしたら、すぐ隣の奴に移る。俺のほうだけ休憩時間がまったくないが、これぐらいはハンデにもならない。
それに、俺が優れた剣士だって理解してもらえないと、戦場で舐められる。味方にすら舐められるようじゃ、戦争で勝ち目などない。
ドニが帰ってからあと、俺は村の兵士たちに本格的に稽古をつけるようにした。
これはラコの入れ知恵じゃなくて、俺の独創だ。
理由はいろいろある。
当たり前なのは、ちゃんと兵士のレベルを上げるため。個人が突っ込んで仇討ちができたり、大領主の城を落とせたりするなら、そもそも俺は領主を目指す必要すらなかった。高い城壁で覆われた城を陥落させるには、参加する兵士の練度は必ず上げないといけない。
もう一つ、大切なのは、俺の家臣だという意識を植えつけるため。
このサーファ村の兵士の大半はナディアについてきた連中だ。ナディアに忠義を示すことはあっても、ナディアを破った得体のしれないガキでしかない俺のために戦ってくれるかはわからない。
俺への忠誠心を持ってもらわないことには、領主対領主の規模の戦争はできない。もっとも、この村と大差ない規模のところなら俺とラコだけで突貫してもなんとかなりそうだが……それだと領域の規模に対して兵士が育ってないままになるから、大きな領主に出兵されたらすぐ滅亡してしまう。
というわけで、俺は今後のことに向けて動き出したというわけだ。
俺が兵士に訓練を施す。
そうすれば、師匠と弟子の関係が生まれる。
強制的に俺との間に領主と家臣以外の上下関係を入れるというわけだ。
すぐ隣ではラコが女性の兵士と弓兵だった奴に短剣の使い方を教えていた。
「あくまでもこれは最終手段です。勝ち目がないなら逃げるほうがよいでしょう。あなた方は身軽なので、鎧を着ている相手なら、背を向けても問題ありません。背中から切られる距離になる前に逃げてください。それが無理な場合は――」
一瞬で、対峙していた女性兵士の首筋にラコが手を置いていた。
「ひっ、ひあぁっ!」
女性兵士が思わず悲鳴を上げた。手を置かれただけでも恐怖を覚えるんだから。あれが短剣だったら切れないように当てられただけでも、失神したかもしれない。
「このように一気に敵の急所を狙います。こうやって敵をひるませれば、チャンスは広がります。もっとも、遠距離から攻撃する方が接近戦をしないといけない時点でよくないんですけどね」
ラコは楽しそうに、本当に町の年頃の女性みたいに笑っていた。
あの仮面の裏にやけに激しい決意みたいなのがあるのは、ぶっちゃけ忘れられるなら忘れたい。
あいつは自分が死んでも俺が栄達すればそれでいいと思っている。
おそらく、それは自分が竜騎士家の守り神みたいな存在だという意識によるものだろう。そもそも一般的な意味の生物かも怪しいし、そうなると死生観だっておのずと変わってくる。
でもなあ……俺は「竜の眼」という先祖伝来の家宝でもなく、【竜の眼】というメッセージウィンドウのシステムでもなく、生身の体のラコをずっと目にしているわけで。
ラコの死を俺は受け入れられる自信がない。
俺は肉親だけじゃなく、一族も失ったけど、それは遠く離れた場所で起こったことだった。ラコの場合はそれが目の前で起きかねない。
なんてことを考えながらも、俺は稽古の相手に無双した。さすがに気を抜いても負けるほどじゃない。
剣を軽く横に薙いで、吹き飛ばす。
力の入れ具合を工夫すれば、けっこう簡単にこれはやれる。
「す、すごい!」「領主様の力は本物だ!」「これは英雄の剣だ!」
兵士たちが歓声を上げてくれる。舐められるよりはずっといい。このレオンって奴はとんでもない男だと思ってもらわないといけない。
それと、俺たちと少し離れたところで弓の練習をしているのはナディアだ。別に孤独を愛するとかではなくて、弓矢は距離に余裕がある場所でないと練習にならないからである。
ただ、ずっと一人にさせるのはまずいから、ちょくちょく声をかけにいく。
「どうだ、上手くやってるか?」
ちょうどナディアの矢が遠くの枝に引っ掛けた的に命中していた。
きれいに中心を射抜いている。
「それなりにはやっていますわ。にしても、同じ場所での暮らしがこうも変わるとは複雑な気持ちですわね」
ナディアは苦笑いした。以前より、感情の幅が広がったように思う。出会った当初は殺し合いをした立場だから当然だけど。
「暮らしが変わるって? 悪い意味じゃないならいいんだけど」
どうでもいいけど、どう見てもナディアのほうが身分高い感じだから混乱する。
「この村を不法に占拠していた頃は、いつ討伐軍が攻めてくるかわからないという気持ちで生活していましたもの。村の北の入り口側はもちろん、背後の山から刺客が入ってくるかもしれない。おかげで見張り役をよくやっていた従者は顔つきが悪くなっていました」
「ああ、村の入り口に立ってた奴らは本当の賊って顔だったぞ」
ていうか、本当の賊なんだけどね。お家再興って夢があろうと、ミュー海神神殿からしたら領地を奪う賊なのだが、話の趣旨がそれるので気にしない方向で。
「今はレオン様に仕える身とはいえ、命の危険を気にして生活する必要はなくなりました。やっと平穏が訪れたという感覚ですわ」
そこでナディアはぺこりと頭を下げた。
「感謝しております、レオン様」
そのレオン様というのも落ち着かないんでやめてもらいたいが、ラコいわく上下の区別をいいかげんにするのはよくないそうだ。それはそのとおりなのだけど。
ただ、顔を上げたナディアの表情は真剣なものだった。
「必ず、竜騎士家を再興してくださいませ。わたくしもそれでこそ母親に顔向けできるというものですわ」
その気迫にちょっとラコらしきところを感じた。
多分俺よりラコとナディアのほうがお家再興と発展を強く感じている。
俺だってその気持ちはあるが、微妙に優先順位が違うのだ。
俺はみんなが幸せならこの村の小領主でいいかなって思いそうになるんだけど、二人は俺にもっと強くなれ、英雄になれと望んでいるような。
「ナディアの望みがそれなら、俺は前に進むつもりだ。でもそれでナディアが不幸になりそうなら、その時はちょっと考えさせてもらう。俺は領主だから」
これが俺の偽らざる本心だ。
「それでいいかな?」
「はい!」
ナディアは元気に答えてくれた。




