小領主レオン・エレヴァントゥス4
「俺、村を襲うつもりだなんて一言も言ってませんよ」
別にむっとしてるんじゃない。単純にどう勢力を広げるかまだ考えが及んでなかった。なにせ、領主になったばかりで、家臣との信頼関係も築けていないからだ。近くの領主に攻め込むのはもっと先と思っていた。
この村の領主は俺だけど、ラコ以外の兵士はナディアに仕えていた連中なのだ。俺は悪く言えば置き物だ。
俺が竜騎士家とつながりがあるみたいなことを一部の者にはナディアから伝えてもらってるのだけどおおっぴらに言うのはまだ避けている。村の世間話でその話題が出て、大丈夫かというとけっこう微妙なラインなのだ。それでもナディアに熱心に仕えている者には知っておいてもらいたいところではある。でないと俺に仕えるモチベーションが生まれない。
そんな状態だから、まだ外部に勢力をどう伸ばすかは考えきれていない。
「そうか。でも、そっちのラコって嬢ちゃんは、どう近くの村を落とすか考えに入れてるみたいだけどな。顔でわかるぞ」
「さあて、何のことやら」
ドニの眼光にラコはふふっとシラを切った。
「西側の村が大きな領主とのつながりもなさそうなので、あわよくばいただこうと思ってはいますが、それは向こうが引っかかるか次第ですので、こっちは徹底して受け身です。それも誰でも思いつく方法ですし。悪賢いようなことではないですよ」
「レオンのブレーンは間違いなくお前だな。15歳で領主に返り咲けるなんてなあ、いくらなんでも出来すぎてるんだよ。レオンの実力は認めるけど、計画まで周到に立てないと夢もつかめねえだろ」
やっぱりドニの洞察力はすごい。
ラコの重要性をなんでそこまで見抜けるんだよ。
「レオン、なんでそんなことわかるんだって顔してるな。何も難しいことじゃねえよ。消去法だ。お前ら二人で動いてたんだから、レオンじゃなきゃもう片方しか残ってねえだろ」
言われてみれば……。
で、この調子だとシラを切って誤魔化せるってわけでもなさそうだ。
「たしかに、ラコさんは底が知れない気はしますけど、そこまでとは……」
同席しているナディアが一番信じられないという顔をしている。
「でも、年長者がいない状態で、先を見据えることができるというのは上手すぎる気はしますわね……」
「それじゃ、外側の話だけいたしましょうか」
ラコは両手をテーブルの上で組んだ。
「英雄と計画立案者は別人であるほうがいいんです。英雄が策を弄しすぎると、人はついてこれなくなるので。あざとい英雄というのは湿っぽすぎます。英雄というのはカラっとしてるほうがいい。そして、レオンはそれなりに賢いうえにカラっとしている。これって奇跡的なことなんですよ」
いまはラコがものすごく大人に見える。
「自分は落ちこぼれだと、もっと曲がった性格になっていてもおかしくなかった。いわば、レオンは竜騎士家の本流では使えないと判断されて修道院に入れられたわけですから。ですが、竜騎士家を統括していた隠居のマディスンはレオンを選んだ。だから、私がレオンの下に来た。やはりマディスンの観察眼は素晴らしかったと思います」
ああ、これがラコの本当の姿なのか。
「まだ乗り越えないといけない壁は何段階かありますが、竜騎士家の旧領よりはるかに広い土地を支配するのは十分に可能だと思っています。しかも幸いにして、この村から南の山地を越えればヴァーン州ですし、数郡の兵力をかき集めることができれば仇討ちは実行可能です」
さらさらとラコは目論見を語り、最後に組んでいた手をほどいて、右手を胸に当てた。
「私はレオンを州一つの太守なんかで終わらせるつもりはありません。絶対に大物にしてみせます!」
その目は怖いぐらい、一点の曇りもなくて……。
俺はうれしい反面、ラコを幸せにできるか不安を感じた。
ここまでしてくれるラコに俺はどう応えたらいいんだ?
「別に嬢ちゃんが満足ならいいけどよ、嬢ちゃんの役回り、後世で歴史書に悪く書かれるぜ」
「構いませんよ。計画立案者なんてのはそんなものです。将来、レオンに消されるリスクもわかったうえで私は行動していますので」
それはいくらなんでも言い過ぎだ。言っていいことと悪いことがある。
俺はラコの手をつかんだ。
「変なこと言うな! なんてお前を俺が消さなきゃならないんだよ! 適当なこと言うなよな!」
「レオン……」
ラコもこういうことは読めてなかったらしく、呆然としていた。
「お前のせいでここまで来たのになんで、お前を俺が殺すんだよ。勢いで変なこと言うな!」
「ま、まあ……たしかに勢いで言ってしまったことではありますけど、あれは嫌われ者の役をやるという意味でして……」
「本当に変なことは言うな」
その様子をナディアとドニが不思議そうに見ているのに気づくのに、少し時間がかかった。
「す、すまん! 忘れてくれ!
ドニは楽しそうに指笛を軽く吹いた。
「その……お二人って妙な関係ですわね」
ナディアのほうは半笑いになっていた。
「恋人同士なのかと思いましたが、それともちょっと違いますし、かといってよくある主従関係というのも違いますわよね。ラコさんは主君を偉くさせようというのとは違う目的を感じますし」
よくわかってるな。【竜の眼】だからこその視点でラコは俺を見ている。
「それと、レオン様のまっすぐな表情が見られてよかったです」
憑き物が落ちたようにナディアは快活な表情になった。
「大きな野心に燃えてるような方なのかと思っていたのですが、ここ数日、畑地の開墾をやたら真剣にやってるし、もっと単純な性格の方みたいですわね」
「ん? これ悪口言われてる?」
その割には遠慮が消えたように、ナディアは楽しそうなんだけど。
「子爵、ありがとうございます。ナディアさんとレオンの関係もよくなりそうです」
なぜかラコがドニにお礼を言っていた。
「そんなことまで仕込んでねえぞ」とドニが本音を言っていた。
「とにかく」
俺は領主として、やることを言語化することにした。
「この州の太守であるクルトゥワ家に使いを出してくださいとエレオノーラさんに言っておきます」




