小領主レオン・エレヴァントゥス3
領主になって、一週間。
俺は黙々と鍬で農地を耕している。
そんなの領主の仕事じゃないだろと思われるかもしれないが、何かやらないと落ち着かないのだ。
というのも、領主になって二日目のラコとのやりとりでサボる気が失せたからだ。
そのやりとりというのはこんな内容だ。
「この調子で領地が増えていけば、レオンも竜騎士家のような1郡規模の領主になれますよ。こつこつとやっていきましょう」
「だな。ところで、この郡の中にサーファ村みたいな領地がどれぐらいあるんだ?」
「このノイク郡ですと、63ですね」
「……ろくじゅうさん?」
信じられなくて聞き返した。
「はい、このノイク郡は南北にも長いうえに、南がそのまま山地に突入するということもありますが、おおむね63の行政区に分かれます。ここまで小規模な領主が多い郡も珍しいですが」
「……俺、農地を増やすわ。鍬、どこかな……?」
領主になれたと浮かれるなんて、とてもじゃないがやってられない。想像以上に村一つの領主というのが弱小だと実感した。
幸い、村の農地だけでもまだ十分に使われてないところも多いし、そのへんで何か野菜でも作れればまだいいのではないか。
俺が働いているせいかラコも畑作業を手伝ってくれてはいる。ラコにとったらこの程度は力仕事にも入らないのだろう。
「まず、領主としての基盤を作るのには私も賛成ですが、竜騎士家の規模にまで勢力を戻せないからといって焦る必要はないですよ。それは竜騎士家全体の所領の話で、レオンの父親のナタンの直轄地は村二つでした。父親の立場だけならけっこう近づいてますからね」
鍬を振りながらラコが言う。
その話はフォローなんだろうけど、少し落ち込みもするな。竜騎士家って看板を背負える権利があるのか疑わしいぐらい、父様は弱小領主だったってことだ。当主の五男ってそういうことなんだよな。
「幼い頃の記憶でも、領地の裁判なんてやってたの、見た覚えがないもんな……。村二つならトラブルもないか」
領主といっても実質は上層農民と大差ないだろう。
ちなみに領主と言ってるが、俺の公的な爵位みたいなものはない。エレヴァントゥス家の当主は子爵に准じる立場にあるはずだが、その縁者ということになってる俺はとりあえず男爵ということになるのだろうか。
こういう末端の領主階級は雑に「領主」と呼んだり、呼ばれたりしがちである。男爵だぞと威張るのはちょっとカッコ悪い。
と、村が少しざわつき出すのを感じる。
狭い村なので何かあるとだいたいすぐにわかるのだ。
ただ、問題が起きた時のざわつきでないのはわかる。珍しい野生動物でも出てきたか? 川が多いので、変な鳥が来てもおかしくはないが。
村の下のほうから誰かが上がってくるようだ。やけに自信ありげな足音が響いてくる。近くの領主があいさつにでも来たのかなと思ったが、違った。
「おう、どうだ、新領主。つっても、こりゃ農民そのものだな」
そこに立っていたのはエシロル郡の領主、ドニ・オトルナ!
「えっ!? なんで、ここに?」
「そりゃ、顔を見せに来たんだよ。冒険者の知り合いが領主に出世するなんて、めったにないことだからな」
ドニは人間二人分ぐらいの体格でデカい声で笑った。
「先輩としていろいろ教えてやるよ」
●
俺はあわてて領主として恥ずかしくない服に着替えて、ラコとナディアも同席させた。海神神殿からもらってきたものだ。
向こうはドニだけでほかのお付きの者は外で待っている。まあ、ドニがついてこなくていいと言ったんだろう。
「小さい村一つでも立派なもんだぜ。この立場になりたくて冒険者の中には夢を見てる奴も多いんだ。全然悪くねえよ」
ドニはキャラの通りのプラス思考らしい。ドニに多くの人間がついてくるのもわかる。
「ははは……。まあ、どうにかやっていく」
向こうのほうが偉いけど、以前からタメ口でいいという話になっているので、タメ口でいく。
「で、先輩からのアドバイスだ。精神論じゃなくて、すぐに使えるやつな」
ドニは舌を出して笑った。
「まず、ここの州の太守ってことになってるクルトゥワ伯爵のところに使いを送れ。おかげさまで賊に占領された土地の問題もどうにかなりましたってな」
この州は名目上、東側の大勢力のクルトゥワ伯爵家が支配していることになっている。
「でも、俺ってあくまでも海神神殿のエレヴァントゥス家の家臣なんで、伯爵家にとったら家臣の家臣――陪臣なんですよ、それってあいさつに行くと無礼になりません?」
「よくわかってるな。お前が直接伯爵家に手紙でも出せば身の程知らずなうえに、越権行為だ。エレヴァントゥス家もクルトゥワ家もキレる」
危ない。大恥をかくところだった。
「だから、エレヴァントゥス家のところのトップをやってる嬢ちゃんにあいさつの使いを送ってもらうんだ」
「それなら、よくわかります。まめに報告はしておくべきですからね」
一般論的にラコがうなずいた。
「報告っていうか、お前ら、ここからもっと成り上がるつもりだろ」
そこでドニは彼にとっては珍しいことに声を潜めた。
「伯爵は忠実そうな奴には甘い。別に伯爵がアホなんじゃなくて、あいさつにも来ない奴を大切に扱おうと思う奴はいるわけないって話だ。で、実効支配ができてない地域の領主は普通はあいさつなどしない。あいさつに行くだけで律儀な奴って評価になる」
「たしかに伯爵家からしたら優遇したくなりますね。律儀な奴を雑に扱えば、いよいよ伯爵家に従う意味がなくなるだろうし」
「レオン、飲み込みが早いな。このへんは弱小領主だらけだろ。近所の村を襲ってもなあなあで許してもらうために事前に筋を通しておけ」
「俺、村を襲うつもりだなんて一言も言ってませんよ」




