小領主レオン・エレヴァントゥス1
俺とラコはひとまずナディアを連れて、ミュー海神神殿に向かった。
こう書くとその日のうちに向かったようだが、距離的に難しい。サーファ村を解放した日は商都ハクラで一泊し、その翌日に馬で向かった。
ちなみにハクラでの一泊はラコとナディアで同じ部屋に泊まってもらった。女子の監視はラコにやらせないとやましく思われる。普通のことをやって、やましいと思われるのは心外だ。損した気分になる。
以前、交渉をしたのと同じ部屋で、すべて正直に話した。
エレオノーラさんは、途中、口をずっと半開きにしていた。はしたない態度かもしれないが、それぐらい衝撃的だったんだろう。
それと即座に信じていいのかどうかわからなかったというのもあると思う。
まあ、素直にめでたしめでたしと言えることじゃないよな。
「つ、つまり……賊は竜騎士家の家臣がお家再興のために動いていたものだと、そういうことですか……」
エレオノーラさんがゆっくりと内容を確認した。視線はラコを向いている。この中では一番大人だと思ったんだろう。その読みは当たっている。
「そうです。あと、ご理解いただけるまで繰り返しますが、これは完全な偶然です。そもそもレオンはナディア・パストゥールさんともその配下とも面識がありませんでした」
ラコが何もウソを言ってないのは俺はわかるけど、これでエレオノーラさんが俺たちを信用できるかというとかなり怪しいな。
というより、この先の部分が彼女は受け入れがたいのだろう。
「ですから、私とレオンは依頼を問題なく遂行しており、所領奪還前の契約にもなんら違反はありませんでした。これはミュー海神に誓っても真実です。よって、エレヴァントゥス家の家臣ということでお願いいたします」
このあたりで都合がよすぎるだろとエレオノーラさんは考えているようだ。
「そこは別にいいんですけど、私たちの所領を押領していた人たちをお二人は家臣として召し抱えるつもりなんですよね。それはあまり面白くはないですね……。このまま雇ったら実質、お咎めナシじゃないですか」
エレオノーラさんが頭を抱えながら言った。
この人、いつも困ったような顔をしてるな。まだ二度しか会ったことないけど。
そして、痛いところを突かれた。たしかに、エレヴァントゥス家(つまり、ミュー海神神殿サイド)からしたら、悪さをしてた奴らが何の罪にもならないのは筋が通らないでしょということになる。そりゃ、そうである。
「おっしゃるとおりですわ」
冷めた声でナディアが言った。
反省しているかどうか微妙な態度だが、ごめんなさいを連呼して赦しを乞うタイプじゃないのはなんとなくわかる。はっきり言って俺よりはるかにお高く留まっている。実際、重臣の家の一族と分家の次男だったら、どっちの立場が上か微妙ではある。
「長らく、村を不当に占拠していたのは事実です。そこで、自分なりに罪をあがなえることはないかと考えていました」
ナディアが箱のようなものを取り出した。あれ、そんなもの持ってきてたか? 少なくとも俺も知らされてないぞ。
その箱の中には誰が見ても高価とわかるだけの大量の宝石類が入っていた。
「おわっ……おおおおおおっ! これは、なかなかのものですよ……」
エレオノーラさんが変な顔になっていた。それだけ驚きが大きいようだ。
「逃げのびた私の従者たちが持っていたものですわ。再興のための軍資金だったものです。敗北した以上、これはすべてお渡しいたします」
「な、なるほど……。これだけあればサーファ村からの何か月分の税収になるか……」
しばらくエレオノーラさんは黙り込んだ。おそらくだけど、勘定を頭でしているのだと思う。
「わかりました。ナディア・パストゥールさん、ミュー海神に誓って、あなたの罪を赦しましょう。今後もミュー海神のために尽くしてください」
「寛大な心に感謝いたしますわ」
問題はすべて解決したらしい。これでいいのかと思わなくもないが、たしかにたいていの問題はお金で強引にクリアできるよな。人死にが出てないならなおさらだ。
「それでは、レオンをサーファ村の領主として認める文書を出してください。できれば今のうちに! お願いします!」
ラコ、ぐいぐい行くな。でも、気持ちはわかる。
これで領主になれる!
「それはいいんですが、もう一つ確認させてもらえますか?」
エレオノーラさんが不思議そうな顔で、ラコのほうを見て言った。
「なんですか? もう問題は解決したんじゃないんでしょうか?」
ちょっとラコは不貞腐れたように言った。また余計な条件を増やされるかもと警戒してるんだろうか。
「レオンさんをエレヴァントゥス家の親族という扱いにして、領主に任命することに異論はないですよ。それで、ラコさん」
「はい、どうかしましたか?」
「あなたは、どういう立場になるんですか? レオンさんの従姉ということですけど、苗字とかどうされます? 領主の横にいる何者かのままじゃなくて、なんらかの設定を決めてくださいね。冒険者なら二人組はなんらおかしくなくても領主となるとそういうわけにはいきません」
ラコが本当だという顔をしていた。
「だよな。お前はどうするんだ? お前がアルクリアの苗字を名乗ったらまずいしさ」
「恥ずかしながら、あまり考えてなかったですね。そういうの、こだわりがなかったんで……」
だろうな。人間として生きてるところすら下手するとフェイクなわけだし……。
俺の問題ではないので一息つこうと出されているお茶を飲んだ。
今度は横のナディアが不思議そうな顔をして、首をかしげていた。
「あの、レオン様とラコ様は夫婦というわけではありませんのね? ずっとお二人で行動されていたようですけれど」
夫婦!?
口に入れたお茶をいきなり噴き出しかけた。
「違うって! あくまで従姉だ! それと、ナディアがその反応なのはおかしいだろ」
【竜の眼】の話をナディアは聞いているはずである。
「でも、ずっと仲良く行動されてるようでしたもの。少なくとも恋人か何かかとは思いますわよ?」
冒険者ならまだしも年頃の男女がずっと一緒に行動してたら、かなり不自然か。
「夫婦がどうのといった問題は神殿としてはどうでもいいのですが、領主っぽい存在が複数いるとややこしいですし、レオンさんとラコさんの間の書類上の人間関係は決めておいていただけませんか?」
ごもっともすぎた。
俺がエレオノーラさんに仕えるとして、じゃあ、ラコはどういう立場なのかということは、決めねばならない。
さほど迷いなく、ラコは言った。
「では、私はレオン・エレヴァントゥスに仕える従姉のラコ・エレヴァントゥスということでお願いします。それが一番自然でしょうから」
ずっと旅してきたラコが「仕える」という表現を使ったことに、わずかな気恥ずかしさを覚えたけど、領主になるってそういうことだよな。
「じゃあ、俺もレオン・エレヴァントゥスとしてやっていきますので、よろしくお願いします」
エレオノーラさんはあっさりサインをしたためた契約書を渡してくれた。
その瞬間、俺はミュー海神神殿の神官長の一族エレヴァントゥス家の一門、かつ家臣――レオン・エレヴァントゥスという立場に変わったわけだ。
正式に領主の地位に戻ってこられた。




