神殿所領奪還計画7
弓を持たないナディアとサーファ村に下りてくると、武器を取り上げられて座り込んでいる兵士たちに出会った。俺が見た時より数が増えている。
それと、離れたところから見守っているのは、おそらく元々の村民だろう。鍬すら持ってないから、戦闘に参加する意志はないはずだ。農地は坂の下のもうちょっと平坦な場所に多いし、そっちのほうに暮らしているんだろう。
「あの、その方たちは大目に見てやってくださいませんか。村の人間をこき使うようなことはしておらんかったんです。少なくとも、村の敵ではありませんでした」
年長の村長のような男がラコに懇願していた。村にとったらそれは事実だろうな。ナディアたちも拠点にするのが目的だから、ひどい略奪をして、村が荒廃したら自分たちの首を絞めることになる。だからといって、それで海神神殿側が納得するかは別だけど……。
「そこは穏便に済むように取り計らいますよ。あっ、レオン、無事に終わったみたいですね」
俺を送り出す時と比べると、ずいぶんゆるい対応だな。
あるいは俺のステータスはラコも関知してるのだろうか。だったら、体力が急激に落ちたりしてないから多分勝ってるのだろうとかわかるのかもしれない。細かく知っても怖いので、あまり聞かないようにしている。
「できれば、ナディアとその一味は俺が領主になった際の家臣ってことにしたいんだけど」
「ぜひ、それで行きましょう! 優秀な兵は一人でもほしいです!」
このあたりは話が早くて助かる。もちろん賊を吸収するわけだから、エレオノーラさんの許可は必要だが、そこはなんとか許可を勝ち取ろう。
負けて戻ってきたナディアを見た一味たちはがっくり肩を落としていた。なかには「これで再興の夢は終わりか」なんて言ってる奴もいた。
「そちらのトップと話をしてきますので、しばらく静かにしておいてくださいね。逃げたりしたら彼女が首が飛びますから」
ラコが怖いことを言った。逆に言えば、これが脅しとしての意味を持つぐらいにはこの組織はナディアを大切に扱っているらしい。年若い人間ってだいたい担がれるだけのお飾りなのだが、ナディアの場合は戦闘でも要だ。
俺とラコは村の中心にある家の一室で、ナディアの尋問をすることにした。尋問というとものものしいが、ただ質問をするだけのつもりだった。尋問は同性のラコのほうがやりやすいと思うので任せる。
「あなたは弓も魔法も使えますよね。それなりの立場の出自だと思いますが、いったい何者なんですか?」
そこがわからないままだったんだよな。没落した領主ぐらい腐るほどいるだろうから、そのうちの一つだろう。
ナディアも落ち着きを取り戻したようで、先ほどより生気が戻っていた。
「わたくしの実家はアルクリア竜騎士家の重臣の一つ、パストゥール家ですわ。竜騎士家が滅んだのはあなた方もご存じでしょう?」
「ああ、はいはい。アルクリア竜騎士家ですね。ええ、それはよ~く知っていますよ――って、本当ですか!? 本当に本当!?」
ラコが派手に取り乱した。
なんだよ、アルクリア竜騎士家の重臣なんて珍しくもな――
「マジかよっ! えっ、冗談ではなく!?」
「ええ。あくまでも竜騎士家の臣下の出ではありますが、わたくしのお母様も竜騎士家の庶流の出身ですから、広い意味では一門というプライドは持っておりますわ。まあ、わたくしが女子修道院に預けられている間にすべて灰になってしまいましたが……」
ナディアは極めて俺と似た立場だったわけだ。
なんて偶然だ……。いや、偶然ってほどじゃないのか。領主の子女が修道院で育てられるのはありふれたことで、おそらく自分の屋敷にいなかったせいで難を逃れた関係者の子供は探せばけっこうな数がいるのだろう。
「所詮、わたくしは臣下の立場ですが、困ったことに竜騎士家の人間の血もたしかに入っているのです。なんとかお母様の恨みを晴らしたいと魔法の勉強のほかに、弓の練習を秘密裏に始め……仲間を募ったということですわ。幸い、臣下の立場だったせいで縁者は多く生き残っていましたし」
「じゃあ、ナディア、お前は竜騎士家は再興したいってことだな」
ラコに割り込んで俺が質問した。
「本心では。でも、敗れ去った手前、あなたたちの下で働くことを否定しはしませんわ。それもまた浮世の定めですもの」
思ったよりもナディアはさばさばしていた。たしかに、没落した奴がどこかの領主の下で活動するのはありふれたことだった。恥辱でも何でもない。
「そっか。ちなみに俺の本名はレオン・アルクリア。アルクリア竜騎士家を名乗って目立つとさすがに危ないから、そっちは隠してるけど」
「それはそうでしょう。ヴァーン州出身の人間もハクラ周辺にはごろごろいますし、思うところがあるって言ってるようなものですもの。わたくしが出自を隠したのも同じ理由ですわ――はあぁっ!? アルクリアって本当ですの!?」
ナディアが席を立った。あんまり捕虜の立場でいきなり立ち上がるなと思うが、気持ちはわかる。じっとしてられないよな。
もっとも、今からラコの説明をしたら、もっと驚かれるだろうが、知らん。ラコの場合は偶然をはるかに超越した何かなので。
ラコの説明がされると、ナディアは一度座った椅子から転げ落ちた。
礼節とか全部どっかいった態度だった。
「頭が痛いので、ちょっと休みたいですわ。真面目に考えてもどうにもならない気もしましたので」
だよな。俺も気持ちはよくわかる。
それはそれとして、もう一度確認しておかなければいけないことがある。
「ナディア、俺たちの下で働いてくれるか?」
俺も席を立って中腰になって聞いた。どうも締まらない気がするが、今聞かなくていつ聞くんだという内容だからしょうがない。
起き上がったナディアは俺の手を握った。
「わたくしの目的とあなたの目的は同じですもの。なら何も問題ありませんわ」
ラコを別として、初めて俺に臣下ができた瞬間だった。いや、臣下というか一族が見つかった瞬間と言うべきか。
「これからよろしくお願いいたしますわ、レオン様」
ものすごく、むずむずした。
「レオン様って……あの、アルクリアって名前は当面使いづらいにしてもレオンでよくない?」
アルクリア家は今後も隠す形にはなる。
ぽかっとラコが後ろから俺の頭を叩いた。ほぼ手を載せたってレベルだが。
「レオンが領主になるのに、それはいけないでしょう。人の前だけでもレオン様と呼んでもらいなさい」
しばらくこのむずがゆさに慣れる期間がいるなと思った。
「にしても、竜騎士家の関係者の方が仲間になるのはけっこうなことですが、重大な説明責任が一つ増えましたね」
ラコはわざとらしく腕組みをした。
「もっとも、どうしようもないのはわかってるので、理解してもらうまで説明するしかないですけどね。全部仕込んでたんだろうと疑われるでしょうから、完全な偶然なんです、自分たちが領主になっても海神神殿の損になることはありませんと言い続けるしかありません」
「一人で悩んで一人で納得してるけど、何のことだよ?」
「エレオノーラさんに『所領を不法占拠してたのはうちの竜騎士家の一族でした。すみません』って言わないといけません」
ほんとだ……。