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神殿所領奪還計画6

 ナディアはこちらとの距離をはかりながら山のほうへと向かっていた。おそらくこのあたりが村と呼べる範囲の終わりだろう。

 ルートは単調な一本道だが高低差があるので厄介だ。無理をすると息が切れるし、狙い撃ちにされる。実際、ナディアは足を止めると疲労が溜まるようなところで、弓を構えてこっちの動きを止めてきた。


「なかなかタフなようですが、地の利はこちらにあります。諦めて撤退しないと死にますわよ」

「それはそのへんの木っ端の兵と戦った時の話だろ。俺はまだまだ元気だぞ」


 ラコにボロボロにしごかれたのを今は感謝している。平民以下の体力の俺がそれなりに戦えている。


 おそらく、敵の想定より距離が詰まってきている。一撃でこちらを仕留めるつもりで構えても、もし外すと一気に危ない間合いになりかねない。慎重になっているはずだ。


 周囲は木も多い、これもこっちに有利だ。矢で狙いにくくなる。

「本当は木に上がって安全に狙うか、坂の上から余裕を持った射撃で終わらせるつもりだったんだよな。遮蔽物がちょっとあるぐらいなら決められる、仮に一発外しても二連続失敗ってことはありえないだろうって」

 俺はナディアを挑発する。


「でも、俺が思ったより近くて遮蔽物が多いってデメリットのほうが大きくなってきてるってとこだろ」


 俺の踏み込みだと、矢を一回かわせば剣でとらえられるところにまで接近できる。

 そのリスクは冒したくないはずだ。


 そのぶん、こっちもその矢を受けるかもしれないんだけど……。

 こういう駆け引きは戦場でも、道場での戦いでもザラにある。

 これが決まれば勝てるという一撃が失敗すると、次は大きな窮地が来る。だから先攻は怖い。失敗してもすぐに対応できるところで戦いたいが、その間合いだと相手に致命傷も与えづらい。


 大昔からこのジレンマと人間は付き合ってるのだと思う。

「これまでなら、仕留められる距離……。狩りでもこの距離で外したことはありませんわ……。ただ……」

 ナディアは迷っている。やはり俺を確実に射止めようとすると、一か八かの賭けになる。


 おそらく逃げるかどうかも考えに入れているな。だが、これまでと違って仲間が欠けすぎているから自分が逃げたら復活も難しいと思ってるだろう。

「せっかくここまで来たんですから、すべて失って積み木の積みなおしなんてのは嫌ですわ……。二度と積みなおせないかもしれないのに……」


「なあ、首領さん。戦うか逃げるか以外の三つ目の選択肢があるんだが聞くか?」

「な、何ですか……?」


 状況は五分五分。

 ならば精神的に上に立った者が勝つ。


「投降して俺の臣下にならないか。俺はこの勝負に勝てばここの村の領主になる。許可は海神神殿のほうから得ている」

「なっ!? 臣下になれ!? このわたくしに……?」


「まあ、俺の下につくのが屈辱なら女のほうの――ラコの臣下でもいい。そしたら最下級の領主のさらに家臣だけど今の賊よりはマシだろ」


 ナディアが迷っているのはすぐにわかった。目が泳いでいる。考えてなかった選択をどうするべきか困っている。


「い、嫌です……。どうして下賤な冒険者の下になんて……」

 こっちを冒険者だと思ってるのが拒否してる理由なら、それは誤解だ。

「俺の一族は領主で騎士の称号をもらってたぞ。たいした家じゃないが……ラコに関してははるかに特別な生まれだぞ」

 ラコのほうはほとんどウソみたいなものだが【竜の眼】が特別なのは事実だ。


「嫌です、嫌です! そんなことを急に言われてもっ!」

 ナディアが軽く弓を引いて、撃つ。

 だが、かわす必要もないぐらい矢は大きく外れる。


 戦場では冷静さを欠いた者から消えていく。

 悪いけど、ナディア、お前の負けだ。


 俺もそうだけど、若いことの最大の弱点は経験が圧倒的に不足してることだ。

 意外な状況に陥った時、対応する選択肢を持っていない。そのせいで、余計に混乱する。


 これが竜騎士家のじい様なら、おそらく意外な状況自体が起きなかった。目論見と違っても、これまでの経験を組み合わせてどうとでも乗り越えた。


 あれ? もしかして――俺みたいな剣技も運動もひどい奴が一族を復活させるってことも、じい様の目論見だったりするんだろうか。

 目論見ってほど確証はなくても、騎士としての方向に偏りすぎてしまった一族のリスクを回避するためには、それと全然違う方向に進んでる奴が存在していればいい。


 じい様、父様、母様、無念に死んでいった一族のみんな、弱小だけど、当分名前も伏せてになりそうだけど、竜騎士家は復活するぞ。


 俺は一気にナディアとの距離を詰めに走る。

「何を成し遂げたいか知らないけどな、お前の夢も俺のところでかなえてやるよっ!」


「ひゃ、ひあっ……」

 さっきまでの気迫はもうナディアから消えていた。どうにか矢の用意をするが、もう弓を引く手に力が入っていない。

「狙えるものなら狙ってみろよ!」

 剣士の中でなら、この世界の15歳で最速の自信がある。その速度で俺はナディアに接近し――


 名刀ヴァーミリオンをナディアの首元で止めた。

「お前の負けだ。迷った時点でな」


 最初から俺を確実に仕留めるのか、リスクがある距離になったら全力で逃げるのか、決めてから臨むべきだったな。そこまでの覚悟はナディアになかった。決断できないままでいたから、お前は決断した俺に追い込まれた。


 ステータスっていうか覚悟の差だ。


「ま、参りましたわ……」

 ナディアは弓を捨てた。目には涙がたまっていた。

 俺がいじめたみたいな構図なのは、ちょっと嫌だな……。

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