神殿所領奪還計画5
「――あなたたちは質からして、これまで派遣された連中とは違うようですわね。ならばわたくしたちも全力でお相手いたしましょう」
黒髪の女子がぱんと手を叩く。
弓兵が3人、剣と槍を持ってる奴が10人。
それが一気に視界に現れる。
『レオン、敵は統率がとれています。だからこそ、あの首領の女性を狙います。あの女性が屈服した時点でこちらの勝ちです』
しゃべる余裕がないからか、メッセージウィンドウに表示が出た。
わかるぜ。勝ち負けの基準がわかりやすいのはいいな。
『ただ、こんなところで命を懸けてほしくはなかったんですがね。一応、諦めて出直すという選択もありますが……』
さすがにないな。それに相手はどう見ても立派な将だ。そいつと戦えることを光栄に思えないようじゃ、将来の大領主なんて夢のまた夢だろ。
領主を目指すってことはそういうことだ。それが嫌なら、道場主でもやってのんびり暮らせばよかったんだ。今の俺の剣の技術ならそっちのほうがずっと楽だろうし。
「では」
ラコが声に切り替えた。
「このまま行きます。ただ、矢は極力、私が対処します。弓兵の扱いにレオンは慣れていません」
「了解!」
俺とラコは同時に走り出す。
敵は高所のほうを確保している。村の奥が山につながっている構造上、村の奥に陣取るほど高所から戦えることになる。なら、わざわざ下がってきて、メリットを失うようなことはしない。
敵の弓兵も怒声を上げて構えている。プレートアーマーで全身を包んでる奴も多いが、かえって好都合だ。手加減しなくても殺さずに済む。
贅沢な望みだが――こいつらを自分の軍団に吸収したい。
それがかなえば、文句なしに領主としての体裁もつくし、領主同士の小競り合いに堂々と出兵できる。家臣が一人だけなんて領主もいるはずだが、自分とラコの二人だけで参陣しますというのではずっと舐められるからな……。
「まだガキだが油断するなよ。すでに何人もやられている」
「当分、奪還の兵なんて送りたいと思えないようにしてやる!」
剣士たちも元気なようだ。
そのほうがやりがいもある。
意気込みのとおり、すぐに俺のほうに矢が飛んでくる。
それをラコが簡単に矢じりをはじいた。
「魔法の矢を撃てるのは首領の方だけのようですね。ほかはたいしたことはありません!」
弓兵が驚愕しているのが伝わってくる。剣で矢を処理できる兵なんてほぼいないからな。
実戦でやるのは怖すぎるけど、100人ぐらいの敵兵なら俺とラコで倒せるんじゃないかなと思ってる。それぐらい今の俺たちは強い。
「次は俺がいいところ見せないとな!」
敵の数が多いし、ここは吹き飛ばすことを選ぶか。
腰を少し沈ませて――一気に振り上げる!
プレートアーマーの剣士3人が派手に宙を舞った。
「はぁっ!? なんて力だよ!」
「おいおい、人間じゃなくてミノタウロスか何かか?」
正真正銘の人間だよ。で、顔が出てる相手は剣の切れないところで殴り倒す。
顔を押さえて、敵が地面に沈む。
うん、どうってことないな。ステータスを確認してなかったけど、不要だった。だんだんと敵とまみえるだけでどれぐらいの実力か、自然とわかるようになってきている。
ほかの奴も切らないように突く。装甲が厚い奴は跳ね飛ばす。矢が飛んできてもラコが担当してくれる。というか、ラコはもう弓兵を仕留めに乗り込んでいた。
もっとも、このへんのザコを仕留めてからが本番なのはわかっていた。
味方に当たるリスクが減ったことで、あの若い女首領が弓を存分に使えるようになるからだ。
「いざ、尋常に勝負いたしましょう」と女首領が弓を引く。
ぼそぼそと呪文のようなものを発したと思うと――矢を射る。
放たれた矢は金色の軌跡を描いている。防御は不可能だから、大きく横に飛んで――回避!
また、矢で狙いを定められる。
大丈夫だ。回避できる。まずは敵のステータスを確認しよう。
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ナディア
職業・立場 弓使い
体力 46
魔力 61
運動 47
耐久 32
知力 41
幸運 12
魔法
回復魔法(小)・ホーリーライト・魔力付与
スキル
長距離射撃・一軍の将
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魔力が異様に高い。この敵の力の源泉はそれか。
運動はそこまでじゃないけど、いいとこのお嬢様の数値にしては十分すぎるだろう。ここに魔法の力が加われば、確かに戦場で戦える。
あと……こいつ、やたら運が悪いな。
いや、俺が言うことじゃないけどさ……。それはわかってはいるんだけど……。なんか、他人事じゃない気持ちになってくる。
「以前に来た冒険者は品位に欠けていましたが、あなたたちは粗雑でも品位すら持ってないわけじゃないようですわね」
またナディアが軽く矢を放つ。明らかに俺に刺さる軌道じゃないから、かわそうとしなかったが――
俺の前の地面に刺さった矢が、同時に熱風のようなものを運んできた!
なんだ、これ! 衝撃波みたいなのが来るっ!
体が後ろに傾いてずいぶん後方まで吹き飛ばされた。そのへんの敵を先に排除していてよかった。相手も味方がいたらこんな派手な技は使えなかっただろうが。
「これって弓兵との戦いなのか……? 限りなく魔法使いとの戦いだろ……」
想定外が重なりすぎている。弓兵との対決も慣れてないのに、今度は魔法に対応しなきゃならない。
でも、戦場で予想外なことはつきものだし、そのたびに文句を言っていちゃ話にならないか。
竜騎士家のご先祖もこんなことを繰り返してきたはずなのだ。
俺はじわじわと距離を詰める。
「妙な攻撃だけど、結局、矢で突き刺さないと殺傷能力はないよな。だったら、残りの要素はおまけだ。せいぜい、敵の進撃を防いで味方に突っ込ませるとかそれぐらいでしか使えないだろ」
ぶっちゃけ、指揮官ならそれで問題ない仕事ぶりなんだけど、いちいち褒めることはないよな。
「ほう、口が減らないようですわね」
笑いながら、ナディアという名の首領はこちらに背を向け、高台のほうに向かう。
「それだけ自信があるなら追ってくればいいですわ」
どうする? 普通に考えて罠の危険はある。
だが、あいつを倒さないと俺がここの領主として認めてもらうのもほぼ無理だろう。いつ、あいつが攻めてくるかわからない状態で村になんていられない。
よし! 攻める!
「ラコ、残りの奴は任せた。あいつを仕留めに行く」
許可を得る気まではないが、連絡はしておく。もう、ラコは魔法を使えない弓兵を近場で殴り倒していた。これからまた兵が出てくるかもしれないが、ラコを倒せる格の奴はいないはずだ。
ラコは嫌な顔をしたが、しぶしぶといった顔でうなずいた。
「無理をして突っ込まないでくださいね。剣士の間合いになる手前に、射手にとってのちょうどいい間合いが来ます」
「わかってる。その間合い、なんとしても乗り越える」