神殿所領奪還計画4
俺たちは一度、谷筋が分岐するところまで下りて、違う谷筋の坂を登った。
谷筋と谷筋の間の小高い森の部分を突っ切れば東西に抜けることは可能だが……地の利のない、敵が潜んでるかもしれないルートを抜けるのは危険すぎる。
次の谷筋も剣士はいたが――
「弓兵がいます。樹上に一人!」
ラコの言葉で俺は剣で飛んできた矢を切り落とす。
運動の数値が上がってるってことは反応もよくなってるってことだ。普通の矢ぐらいなら対処できる。
「いいですね。ただ、木の上の敵はレオンの範囲外だと思いますので私がやります」
そう言うと、ラコは大きくジャンプして太い枝に足を駆ける。
さらにジャンプして、弓兵がいた幹のところまで軽々と到達する。
「ウソだろ! なんでこんなところまで……」
敵が驚いた声を出す。
「ウソじゃなくて本当です。私はウソをつくわけにはいかないんですよ」
にっこりラコは笑った。メッセージウィンドウがウソを言うわけにはいかないもんな。
ラコは器用に男の腕を紐で縛り上げて、木から下ろしてきた。
「木に吊り下げなかっただけ温情だな」
「にしても、おかしいですね。おかしいというか、神殿側から与えられている情報の解像度が低すぎました。賊には違いないですが、これはそのへんの野盗みたいなものではありませんよ。高度に訓練されています」
「だよな。弓っていうのは素人で使えるものじゃない」
「さすがよくわかってらっしゃいますね」
ラコが合格ですという顔をする。子供扱いするな。冒険者としてここに来てるんだぞ。
「弓の練習は誰でもできるわけじゃないからな。近くの的を射るだけじゃ実戦では使い道がないし。まして騎射なら子供の頃から軍事訓練をしてなきゃできない」
つまり、庶民やゴロツキが武器を持って犯罪行為をやってるって次元じゃないのだ。
こいつら、正規の軍事教育を受けている。少なくとも、子供の頃にその一端には触れている。
だとしたら、首領も領主階級の奴の可能性が高い。
「戦い方も妙に組織的ですしね。犠牲が増えすぎないように兵を配置しつつ、こんなふうに遠方からの狙撃でこちらを倒そうとしていました」
ラコが耳に手をやる。聞き耳を立てるしぐさだ。
「谷筋と谷筋の間の森を駆けている足音が聞こえます。連中はこの村全体をまるで自分の城のように使っています」
そうなんだよな。
ここは村というより、敵領主の城の中だ。
「賊のふりをした近隣の領主の手の者でしょうか?」
「どうなんだろうな。けど、あわよくば土地を征服するって気持ちなら、もっと素早く山のほうに撤退しそうな気がする」
こいつら、今のところ、徹底抗戦の構えなのだ。
地形もそうだが、気持ちのほうでも自分たちの城を守るんだという意気込みでいる。
「俺、攻城戦ってやったことがないんだけど。完全に初めてなんだけど……」
城を攻め込む戦いは極めて戦死率が高い。城を守るほうが圧倒的に有利だからだ。
たしか、城を攻める側は最低でも城を守る側の3倍の兵力がないと話にならないんだったっけか。
そこにこっちはわずか二人で突っ込んでるわけだ。思ったよりも危ない目に遭っている。
なのに、変な高揚感もあった。
「でも、これはこれで楽しいかもしれない」
まさにこんな戦いで武功をあげることこそ剣士の誉れじゃないか。
「わくわくしている顔をしてるじゃないですか」
ラコは少しあきれ気味に言った。
「これだけ本格的な戦いってなかなかないからな。道場破りとは質が違う」
もし俺が領主になったらこんな戦いばかりになるのだ。でないと、領主の立場で立身はできない。
悪いことじゃないな。
「さあ、この先へ向かおうぜ。まだ確認してない谷筋がある」
その時――殺気のようなものを遠くから感じた。
「レオン、避けてください! 剣を構えるんではなくて避けて!」
ラコが叫んで、俺はとっさに横に動く。
ラコは俺がいた場所に飛んでいた。
そこに矢が飛んでくる。
問題はその矢が金色に輝いていたことだ。
ラコが剣でその矢を弾こうとする。
同時に矢じりが強く発光し、ラコの体が後ろに飛ばされる。
「ラコ!」
何度か回転したあと、ラコは防戦の姿勢をとる。幸い、ダメージは浅いようだ。
もっとも、ラコが防げない時点で異常なんだよな……。
「ちっ! なかなかやりますね。あの矢、魔法で威力を増幅させていました。レオンでも剣で防ごうとしたら失敗して、射殺されていたかもしれません」
「魔法の矢? じゃあ、絶対に野盗じゃない!」
魔法にしても矢にしても、どこかで訓練を行わないと使えない。両方が使えるとなると、州全体に名前が知れ渡っていておかしくない次元だ。
ラコの視線はずっと先の、村と山の境目あたりに向いている。そのあたりにこの矢を放った正体がいるのだ。
「隠れて狙っても無駄ですよ。正々堂々と姿を現しなさい。名のある将なのでしょう?」
ラコが挑発する。たしかに魔法の矢なんてものを使えるのだから、敵は相当なプライドを持っている可能性が高い。
その挑発は成功した。
ゆっくりと人間がこっちに向かってくる。ほかの兵も余計な手出しを止めているようだ。
しかし、出てきたの相手は俺たちの想像を覆すような存在だった。
俺とそう歳の変わらない女子が、薄手の胸当て程度の簡素な装備でやってきた。
軽装なのは林野を動き回る作戦ならおかしくはない。でも、俺程度の年齢の女子というのは完全に予想外だった。
「女性が戦場に出ること自体はありえます。とくに魔法を使えるなら、十分な軍事力になりますから。ですが……それにしても若すぎるのでは……」
ラコもあっけにとられた顔をしていた。
「海神神殿の方が所領奪還にいらっしゃるのは当然のことですわね」
風がその女子の肩にかかった髪をはためかす。青みがかった黒だ。
「ですが――わたくしたちも戦わねばならないのです。申し訳ありませんが、この村をいただきたいのです。何年も支配していれば、誰しもわたくしたちのものだと考えるようになりましょう」
「そりゃ、勝手すぎる話だな。お前たちが手放さないなら手放すしかないようにするまでだ」
会話ができる程度の距離で、さすがに突っ込むには遠すぎる。先に魔法で強化された矢を撃たれる。それと、この距離じゃステータスの確認もできない。
「身勝手は百も承知でございます。ですが、道理に外れたことをしなければ浮かぶ瀬もないのですわ」
言葉がやけに堅苦しい。どういう階層の人間だ?
「これまでに来た冒険者はたいした戦力でもなさそうでしたので、いいかげんにあしらって対処いたしましたわ。無残に殺してしまうのも申し訳ないので、ほとぼりが冷めるまで、山に隠れていたのですが――」
やっぱりな。ちょっとした冒険者で、この数の敵に本気で勝てるとは思えない。どうせすぐ帰っていくだろうと当たりをつけて、戦闘を放棄してたわけだ。
「――あなたたちは質からして、これまで派遣された連中とは違うようですわね。ならばわたくしたちも全力でお相手いたしましょう」