神殿所領奪還計画2
「りょ、領主に……。ああ、たしかに冒険者の中には領主階級になりたいと願う人は多いと聞きますが……」
「はい、領主にこだわる事情がありまして。ええと……ここからはラコ、頼む」
あんまり先走って変なことを言っても怒られそうだしな。
「先ほどのとおり、税はエレオノーラさんにお送りします。ただし、税の部分以外ではある程度の自由な行動はお許しください。海神神殿の名に傷がつくようなことはいたしません」
領主になれば、やれることの幅が広がる。だから、ラコは領主にしてくれと要求している。
「そうですね……。入らなくなった税が入ってくるなら、こっちに損はないのですが……。形式上でもあなたたちが私の家臣ということになると、あまりお痛がすぎると、私が太守のクルトゥワ家に叱られる可能性もありまして……」
「クルトゥワ家はエレオノーラさんの土地が奪われてもほったらかしだったんですよね。どうせ何も言ってこれませんよ。恥をかくのは向こうです」
強気にラコが言い切った。
「ミュー海神神殿ははるか昔からこの地域一帯で信仰を集めてきましたよね。エレヴァントゥスという苗字も800年前の史料にはすでに現れます。あなたたちの先祖はずっとこの神殿を守ってきたのです」
つらつらとラコがまくしたてる。
エレオノーラさんは完全にその勢いに飲まれていた。
「ですが、今の時代、ミュー海神神殿は遠方の所領からの税すら上がってこない有様で、大変な苦労をされていますよね。ひとまず税だけでも回復させて一息つきませんか? 名目だけは太守と言っていて何もできないクルトゥワ家より私たちのほうが役に立ちます」
『お願いします……。私たちを領主にすると言ってください、言ってください、お願いします……』
あっ、心の声のほうがメッセージウィンドウに出た。
こっちはけっこう弱気だ!
『やむをえないでしょう……。本来、私は交渉することにまで慣れてはいないんです。これはなりゆきです……』
ここまでやって門前払いだったら悲しいが、その時はその時か。
エレオノーラさんは天井に視線を向けた。
こっちの顔なんて見て考えられないからだろう。
そして、ゆっくり顔を下ろすと、力なくこう言った。
「賊を退けたあかつきには、お二人を家臣として召し抱えましょう」
ラコの押しが功を奏した。
「ほ、本当ですね!? やった、やった!」
俺は場違いにもガッツポーズをしてしまった。交渉の場でやるべきことじゃない。無作法とか以前の問題でかなりあほそうに見える。
「やりましたよ、レオン。長い道のりでしたが、領主に復権です……」
ラコもこっちをとがめるどころか、涙目になっていた。
「お前のほうが感動するのかよ」
「どうしたものかと思っていたんです。最悪、片っ端から領主の門前に言って『仕官が許されるまで帰りません』とでも叫んでもらおうかと思ってたんですが、その場で切り殺されるリスクもあるしどうしたものかなと」
そんな選択肢をとらなくて本当によかった。
「復権……? お二人は元々どこかの領主だったんですか? なら、その苗字で仕えてもらったほうがいいですね」
「あ、いえ、俺たちの出自は気にしないでください。いや……でも、エレオノーラさんになら言ってもいいか」
なにせ、この人は子爵の親が戦死したせいで神殿の維持に苦労しているのだ。俺たちの苦労もわかってくれるんじゃないか。
『う~ん……。たしかに大々的に名乗るのでなければ、なんとかはなりますかね。領主を目指す動機も伝わりやすいでしょうし。エレオノーラさんにだけ話すということであれば……』
じゃあ、話してしまおう。
「俺はアルクリア竜騎士家の分家の家柄なんです。大っぴらに名乗りづらいから、誤魔化してますけど」
「あっ……突如滅ぼされたというあの家ですか」
近隣の州の領主はちゃんと知ってるんだな。
ただ、そんなに興味や関心はなさそうだな。滅びた中小の領主なんて腐るほどいるから、それもそうか。
「名前を隠してるほうが安全ではあるので、所領の奪還作戦が成功して村の領主になれても苗字は一時的に偽名――たとえばエレオノーラさんのエレヴァントゥスを使わせてもらえるとうれしいんですけど……」
「今更、苗字ぐらいは好きに使ってくださっていいですが、まずは賊を追い出してくださいね。奪還に失敗したけど、家臣にしてくれというのはナシですからね。ケチなようですが、家臣を増やせるほど、ふところに余裕はないんです」
「そこは本当に大丈夫です!」
とはいえ、たしかに賊が強いってことはありうる。
どうせ勝てるだろうと思って、賊の情報を俺たちは全然仕入れてないのだ。
「あの、賊の名前とかわかりますか? まさか自称『賊』ってことはないでしょうし」
ここでついでにエレオノーラさんに聞いておこうと思った。
「それが大きな名前を使うようなことはしてないんです。サーファという小さな村なんですが、そこでは賊は『サーファの民』と名乗ってるようです」
ということは自分たちが何者かは隠してるようなものだな。サーファ村の人間の親戚とかかもしれないけど。
ラコが立ち上がって頭を下げたので、あわててそれにならって立って俺も頭を下げた。
「先ほどは無礼な態度、申し訳ありません。必ず私とレオンで村を解放してみせますので」
「はい、約束は守ります! 本当です!」
その帰り、エレヴァントゥス家にまだ仕えている貴重な兵士たちが手合わせを挑んできた。どうやら道場破りのレオンの名前をどこかで聞いたらしい。
完膚なきまでに俺が圧勝した。
おそらく、俺の実力が本物だということは知ってもらえたことだろう。
●
ハクラに戻った俺たちは傷薬などのアイテムを揃えた。それと携帯食糧も多めに入れておく。
「サーファ村は海神神殿と比べたらはるかに近いですが、敵の数もよくわかりませんし、準備は多いほうがいいです」
「だな。剣での勝負になったら勝てると思うんだけど、魔法で火球とか撃たれたら困るな」
「そんなレベルの魔法使いが賊をやってるとは思えませんけどね。絶対に仕官できるはずです」
俺たちはそんなことをしゃべりながら宿で荷作りを進めた。ミッションに成功してもすぐに定住なんてことはなく何度かハクラに戻ってくるとは思うが、現地で何泊かする可能性もある。荷物は増えがちだった。
「賊を倒して領主になりますよ。そしたら、そうっと修道院に戻って一族のお墓に報告してもいいかもしれません」
ああ、修道院長、お墓を作る許可は得てたもんな。俺が出発する時にはまだ間に合ってなかったが、もう完成しているはずだ。
「まずは目の前の任務をこなそうぜ」
「3年で領主として再興……。全然遅くはないです。すごいことですよ」
ラコが感動している横で俺はちょっと違うことを考えていた。
冒険者ギルドの依頼で用心棒を繰り返す生活、昼夜逆転しがちだったし、それが終わりになるならいいな。
領主になったところで最底辺の領主だけど、用心棒をやる生活よりはマシだろう。
タイトル変更いたしました。本文と内容は変わっていませんので、今後ともよろしくお願いいたします!




