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神殿所領奪還計画1

 ラコが注目していた冒険者ギルドの仕事依頼――それは「所領の完全回復」という冒険者ギルドの依頼の中でも極めてレアなやつだった。


 賊に占拠されている所領を再び自分の管理下に置いてくれ――という弱小領主の依頼らしい。

 貼り紙がずっと残ってるということは誰も手を出してないということだ。少なくとも、誰も解決はできてない。


 受付のおっちゃんもけげんな顔をしている。

「おい、嬢ちゃんと兄ちゃん、それは無理だぜ。二人で常に田舎の村を見張り続けるなんてできるわけねえんだ。見張りに冒険者を雇ったら赤字になるだけだぜ。最初から依頼が破綻してんだ」


 おっちゃんの言うとおりだろう。奪われた所領の奪還なら、まだ軍隊を派遣したら可能かもしれない。でも、おそらく依頼人の領主は軍隊を派遣する力もなければ、ずっと所領に軍隊を置くこともできないのだ。


 足を踏み入れたこともない遠くの所領から税金や作物がやってくるというのは、全国が平和な時代の発想で、今の時代はそうはいかない。


「それはそうです。でも、交渉次第なら。無論、向こうがどう判断するかは別ですが」

 ラコには勝算があるという顔をしている。


「この依頼を出している領主の本拠を教えてください。話をしに行きます」

 ラコは貼り紙を破って、おっちゃんの窓口に置いた。破っていいのかわからないが、どうせずっと動きがなくて塩漬けになってる依頼だから問題はないだろう。

「たしかに、この内容でいきなり現場に行けって言うのも無理だしな。わかった。ただ、トラブルは起こすなよ。相手は腐っても領主様だからな」


 おっちゃんは貼り紙の裏に簡単すぎるぐらい簡単な地図と地名を書いた。

 そこにはミュー海神かいじん神殿とあった。


「神殿?」と俺は聞き返した。

 領主と言うから〇〇子爵みたいな名前が書かれると思っていたのだ。


「そりゃ神殿だって所領を持っていれば領主だろ。まして聖職者兼軍人なんてケースもある。これも、そのタイプだったはずだぜ」

 おっちゃんは過去形で言った。じゃあ、今は聖職者兼軍人じゃないってことか?

 まあ、神殿に行けばすべてわかるか。





 後日、俺とラコはそのミュー海神神殿を目指した。

 約7時間かかって、到着した時には昼過ぎだった……。


「遠い! あまりにも遠い!」

 地元の州じゃないから地理的感覚がなかった。てっきり冒険者ギルドの依頼だからもっと近場の依頼しか来ないと思ってたら、全然そんなことなかった。ドニがハクラの冒険者ギルドに仕事依頼してるのとあまり変わらないぐらいの距離感だ。


「それだけ特殊な依頼だったということでしょう。というより、ダメ元で冒険者ギルドに依頼を出したんでしょうね」

 ラコは最初からどれぐらいの距離かもわかっていたらしく、涼しい顔をしている。まだ暑くない時期でよかった。夏だったらやってられなかった。


 俺たちの目の前にはミュー海神神殿がそびえている。

 そびえるというと高い塔みたいだが、そんなに高い建物ではない。ただ、建物自体はなかなか豪壮な神殿だ。正直なところ、清苑せいえん修道院よりはだいぶ立派だった。


『一応、基礎的な情報をおさらいしておきますね。ミュー海神神殿はミューという海の神を祀っています。信仰の範囲はそこまで広くはありませんが、海沿いではそれなりに信じられているようです。このへんで海の神というとほかにあまりいないので、ここを海神神殿とだけ呼ぶことも多いとか』

 メッセージウィンドウで簡単な説明が出た。長々とした解説は口で話すより楽らしい。



 護衛として立っている兵士に冒険者ギルドの紹介状を渡した。俺たちを見た時はけげんな顔をしていたが、紹介状を見たとたん、「どうぞ、どうぞ、こちらへ!」とやけに下手に出られた。


「いや~、久しぶりの反応があってよかったですよ。解決するかは別として、これでお嬢様も少しは気分が晴れやかになるでしょう。それだけでもありがたいです」

 案内中、兵士はそんなこと言った。

「お嬢様? というと領主は不在なんですかね? それとも領主がお嬢様?」

 大切な仕事なので、俺も丁寧語でしゃべる。


「領主がお嬢様ということです。あっ、この先の廊下の奥の突き当たりです。本当は警護役として私もついていったほうがいいんですが」

 そこで兵士はラコのほうをちらっと見た。


「お嬢さんがいるようだし別にいいでしょう。紹介状にも真面目に業務をこなしているとありますし」

 こういう時、ラコがいてくれると話が速いな。男の冒険者だけだったら領主の女性は会ってくれなかった気がする。


 部屋に入ると、20歳ぐらいの女性が立って待っていた。

 清楚だけどいかにも高級な仕立ての白のドレス姿。まっとうな貴族のお姫様という印象だ。

 というか、俺って服飾に関する知識がないままだな……。

 俺は領主としての教養を学ぶ時期がなかった。幼い頃に最低限のことは身につけたが、これから本格的に学ぶ時に修道院に入った。


「こんにちは、エレオノーラ・エレヴァントゥスと申します。ミュー海神神殿の神官長もやってはいますが、今は祭祀の時間ではないので俗人の姿で失礼いたします」

 エレオノーラさんが頭を下げる。長い金色の髪がわずかに揺れた。こっちが冒険者だからといって尊大に振る舞う人じゃないようだ。


『エレヴァントゥス家は非常に古い家柄で、代々ミュー海底神殿の祭祀を執り行っています』

 また説明が来た。そういえば、古そうな苗字だ。


 俺たちももちろんあいさつする。といっても、竜騎士家の名前を出すわけにはいかないからレオンとラコを名乗っただけだが。

 許可を得て、俺たちも、当然相手のほうも共にテーブルをはさんで着席する。


「あの、賊に奪われている所領って、この神殿からものすごく離れてますよね……?」

 おそらく歩くと半日はかかるだろう。なにせハクラよりさらに西なので、ハクラからここに来るのよりも遠い。


「ええ、いわゆる散在所領というものですね。昔は同じ州の中でしたし、管理もできたのですが、子爵の身分でもあった私の父が早死にすると、もはや管理も不可能になってしまいました兵士の多くにも暇を出して、今は本来の神官の立場だけを続けているような状況です。ははは……」

 エレオノーラさんはとにかく覇気がない。所領を奪われてるから当然かもしれないが、さっきの兵士が言ってたようにネガティブな性格なようだ。


 小さくラコが手を挙げた。

「あの、失礼ですが、この家は太守のクルトゥワ家に仕えていらっしゃいましたよね。クルトゥワ家からの援助は受けられないのですか?」


 だが、力なくエレオノーラさんは首を横に振る。苦笑していた。

「ははは……ないんですよね~、これが。クルトゥワ家がこのコルマール州に十分な権益を確保できてないのはあなたもご存じでしょう。たしかに父はクルトゥワ家に動員されて戦死したのですが、そんな我が家の離れた所領を守ることすらしてくれません」


 クルトゥワ家は大勢力だが、さすがに本拠地から遠すぎて、そこで服従してる領主を保護することもできてないらしい。


「もはや半分、いや八割諦めてはいるのですが、なんとか奪われている所領を回復できないかと冒険者ギルドに依頼したわけです。若いお二人が来てくださっただけでも感謝していますよ。――ご清聴ありがとうございました」


 ラコは交渉と言っていたけど、これでどう交渉するつもりなんだろう?

 お金をもっと出してくれとでも言うのか? だが所領が減ってるような段階でそんなにお金を出せそうもないんだけど。


「あの、エレヴァントゥス神官長、一つ提案があるのです」とラコが言った。

「エレオノーラでけっこうですよ、威張れるような状態でもありませんからね」

 卑屈そうに彼女は言った。


「では、エレオノーラさん、私とレオンは腕には自信があります。たとえばこのレオンはいくつものコルマール州の道場主を倒してきた腕前です。エシロル郡のドニ・オトルナ子爵に勝利したこともあります」

「ドニ・オトルナ子爵も!? それは本物の実力ですね」

 同じ州だからドニのことも知ってるか。


 結果論だけど、ドニと戦ってよかったな。道場破りの情報は道場界隈でしか広まってないから誰もピンとこないけど、ドニに勝ったと言えば、このへんの領主階級は驚いてくれる。


「私とレオンの二人であれば、賊が多少凶悪だろうと多勢だろうとたいした問題ではありません。ただ、長期的な所領の維持はやはり難しいところです」

「ええ……。そこが難点なんですよね。運よく賊を完全に討滅できればいいのですが……」


「そこで、私は提案いたします」

 ラコは自分の胸に右手を添えた。


「私たちを家臣ということにして、奪われた所領の領主に命じてください」


 ラコの態度は領主向けの恭しいものだったが、内容はなかなか図々しいものだった。


「それって、あなた方を土地の領主にしろということでしょうか……?」

「ええ。なにせ取り返す土地は神官長のエレヴァントゥス家の土地……あるいは、ミュー海神神殿の荘園という体裁でしょうか。まあ、どちらでも同じことですよね。所領の一部を家臣に与えるのは自然なことです。言うまでもなく私たちは領主としてその土地を全力で守り抜きますよ」


 エレオノーラさんは何度もまばたきをしていた。

 そうだよな。謎の冒険者が「自分を家臣という設定にして、しかも所領も与えろ」と要求しているのだ。悪質なたかりと思われて、すぐに追い出されてもおかしくない。


「ええと……それって土地を不法占拠してる輩が今の賊からあなたたちに替わるだけなんじゃないでしょうか……?」


 エレオノーラさんが言うような問題は二か月間、商都ハクラの用心棒をしていた時に何度も目にしてきた。

 ゴロツキがのさばっている店をゴロツキに頼んで解放してもらったら、助けてくれたゴロツキに居座られてしまった……。そんな店からの依頼が冒険者ギルドにけっこう出ていた。


 謎の冒険者が取り戻した所領をいいように使うなら、何も解決していないことになる。


「言うまでもないですが、海神神殿の取り分は必ず納入いたします。私たちは別に贅沢をするのが目的ではありませんから。極論、生活費と必要経費以外はすべて納めても構いません」


 譲歩の内容としては相当なものに思えるが、今度はラコのメリットがわからず、エレオノーラさんは混乱しているようだった。

 ただ、俺にはラコのこだわりがわかる。落としどころもだいたい読めた。


「そんなことして、あなたたちに何の意味が……?」

 ここは俺が答えよう。

 俺はテーブルに軽く手を載せて、エレオノーラさんの目を見た。


「俺は領主になりたいんです」


 目的はこれだ。

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