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冒険者になる1

 俺たちはその日の昼過ぎにハクラに到着した。そこそこ早歩きで移動したおかげだ。

 そのハクラに着いた俺たちは、ものすごく舞い上がっていた。


「建物デカっ! 人、多っ!」

「店だらけですよ。これまで見たことのない専門店がいろいろあります。ペット専門店までありますよ! あと、獣人とかエルフとかいった人まで歩いてます。存在は知っていましたが初めて目にしました!」


 そう、ハクラは近隣の州の中で最大の都市なのだ。各地の船、いや各国の船が来航するのであらゆる物産がここに入ってくる。ペット専門店なんてヴァーン州で始めてもやっていけないだろう。


「これ、祭りの日とかじゃないよな? 平日なんだよな? 地元の祭りの人通りの10倍ぐらいあるんだけど」

 俺の言葉が田舎者あるあるすぎたのか、通行人の女性がくすくす笑っていた。

「私も人が多いことは知っていたのですが、知識で知っているのと実際に体験するのとでは違いますね。人に酔いそうです」

 ハクラもちゃんと田舎者っぽい反応になってるな。


「これ、もう昼過ぎだし、今日は観光しちゃうってのはどうだ? ちゃんと休日をはさむのもアリかな~と」

「気持ちは大変よくわかるのですが、せめて冒険者ギルドの場所を確認するぐらいはしておきましょう。どういった仕事があるか知っておけば、明日から動きやすくなります」

 さすがにラコは遊ぶという案には同調しないか。


「わかった、わかった。じゃあ、冒険者ギルドに行こうぜ」

「ただ、困ったことがあります」

 冷静な顔で、ラコは困ったことと言った。

「冒険者ギルドの場所がまったくわかりません」


「冒険者ギルドっていっても、つまりは店だろ。歩いてればそのうち見つかるだろ」

 その発想がまず田舎者だったと俺は後で知った。店なんて腐るほどあるのだ。通りの数だって何本もあるし、表通り以外も店だらけなのだ。田舎とは違うのだ。


 そのあと、俺たちはハクラの町を3時間迷い続けて、ようやく冒険者ギルドにたどり着いた。

 ハクラの町でも場末な空気が漂う一角に冒険者ギルドの建物はあった。


 そりゃ、気づかないわ。最初からこのへんを探そうとは思わんし。






 冒険者ギルドの中は外の陰気な空気と同じく、よどんでいた。

 奥に受付窓口のようなものがあり、その手前のスペースにはテーブルと椅子がいくつか並んでいて、安酒場みたいな雰囲気だ。

 俺たちがドアを開けると、中のほぼ全員がこっちに視線を送ってきた。あまり気持ちいいものではない。


「おっ、嬢ちゃん、一緒にメシ食わねえ?」

「何か用があるんだったらお兄さんに任せなよ」

「もしかして剣士? 俺と練習しない?」


 ものすごくラコがからまれている。っていうか、真横に俺がいるのになんで平気でからんでくるんだよ。おかしいだろ。


 入って一分以内にげんなりしてここから出たくなったが、そういうわけにもいかないんだよな。

 何も持たない奴が立身出世する、その時に冒険者というルートを使うのは間違いなく正しい。



『我慢してくださいね。いきなりのケンカは厳禁です』

 メッセージウィンドウが俺の真ん前に出る。どうでもいいが同時に聞こえる感情の見えない声はラコの声に変更できないのか。堅苦しくて落ち着かないんだが。


『タチの悪いならず者を数人ボコボコにしてもはっきり言って問題はありません。そいつらがどうなろうとかまいませんし、恨まれてもどうとでもなります。ですが、それで冒険者ギルドを出禁になってしまうと支障が出ます』


 どうやらラコも冒険者ギルドの冒険者にしょうもないことを言われて腹は立ってるらしい……。いつもより感情的だ。


『冒険者として実績を積むのです。そうすれば、領主から仕官の声がかかります。そこで猫のひたいほどの土地でも所領をもらえばレオンも領主です。領主階級に復活するわけです』


 まあ、俺は人生で領主階級として生きた感覚がないからよくわかってないけどな。何歳だろうと領収階級には当たるんだろうが。


『とにかくこのギルドで経験を積んでくださ――』

「あの、いくらなんでも無礼ですよ。それと、さりげなくお尻さわろうとした人、本当に腕を切り落としますよ!」


 俺よりラコのほうが我慢できてない!


 なんとなく予想はできてたが、こういう不良のまま年を重ねたような奴のたまり場みたいなところに若い女子が入ってくると余計な声をかけられるよな……。

 受付のおっちゃんも何も言わない。冒険者ギルドのほうもその程度でそいつを出禁にしてたら冒険者がいなくなってしまうので黙認してるんだろう。


「どうどうどう。落ち着け。店の中で剣を出したらまずいし」

「そうですね。つい熱くなってしまいました」


 これは余計な声が聞こえる前に俺がラコに話しかけたほうがいいな。

「あのさ、冒険者ギルドっていうのは、つまりどういう組織なんだ? ギルドって名乗ってるってことは同業者組合だからよその町にもあるのか」


「冒険者ギルドというのは、早い話が何でも屋です。何でも屋ですから一応、倉庫の掃除や逃げたペット探しも受け付けますけど、たいていは荷役作業みたいな肉体労働系と用心棒みたいな危険がともなう仕事ですね。こういう大都市は権力が一元的じゃなく、いろんな組織や団体の思惑が交錯してるので、単一の警察組織みたいなものがないんです」


 だから冒険者ギルドが治安維持に必要ということか。

 やっぱり俺が話しかけて正解だったな。こういう辞書的な説明をする時のラコは楽しそうである。


「でもさ、大都市には大商人みたいなのがいるだろ。そいつらが自警団を雇うんじゃダメなのか?」

「大商人が自治を行っている都市もあります。しかし、このハクラを牛耳ることができるほどの大商人の集まりはないんですよ。せいぜい自分の店の周辺を守るのが精一杯です。ちなみに冒険者ギルドというのは、そういう権利や利権がぐちゃぐちゃの大都市にあるものです。田舎ならそこの領主が裁くことでどうにかなりますからね」


 たしかに田舎でのトラブルは種類が少ない。たとえば農村だったら用水のもめ事とかは多いけど、それは冒険者で解決することではない。


「ひとまず、冒険者として登録しましょう。登録は偽名でもいいそうですが、レオンとラコにしましょう」

「そのために道場破りをやってたんだしな」

 お前が道場破りのレオンなのかって、一気にいい仕事にありつければ最高だ。


 ラコが先に受付の窓口に行った。

「冒険者の登録を――」

「嬢ちゃんみたいな上玉なら高級娼館でも行ったほうが早く稼げんぜ」

「なんで受付まで下卑たこと言ってくるんですか! ここの秩序はどうなってるんですか!」


 冒険者ギルドってろくでもないところだなということだけはよくわかった……。受付のおっちゃんすらしょうもないこと言ってくるのかよ!


「でもよ、冒険者なんて社会の底辺の奴がなるもんだぜ。ここで仕事するよりは娼館のほうが相対的に安全だし、金稼いで成り上がれるチャンスも高いと思うがね」

 おや、この受付のおっちゃん、下品な冗談じゃなくて本気で言ってるらしい。


「でも、優秀な冒険者には仕官の声がかかることもあるんですよね?」

 俺が横から割り込んで尋ねた。

 受付のおっちゃんはしんどそうなため息を吐いた。


「坊主、そりゃ、戦争の時に傭兵をかき集めるのと同じ原理だ。自分の大切な家臣が死ぬよりは、素性も怪しい連中が死んだほうが被害は少ねえだろ。だから、戦争の前にとりあえず冒険者を家臣という名目で雇うんだよ」


 えっ……? なんか救いのない話だぞ。

「中にはものすごく強くて成り上がる冒険者もいるだろうさ。けど、そういう奴は冒険者ではあっても、過去を調べてみると問題起こして領地を没収された元領主だったりするんだよ。つまり冒険者って懲役をやったから元の地位に戻してやろうってわけさ。どうしようもねえ奴が冒険者から一発逆転っていうのは奇跡みたいな確率だぜ」


 そういえば、冒険者の元の出自なんて考えたことがなかったが――

 クビになった武人が冒険者に登録することだって、そりゃあるよな。


 冒険者の一人がぱちぱちまばらな拍手をした。

「その受付の奴は本音で語ってくれるぜ。仕官できるかもって中途半端な夢で冒険者を死地に誘ったりしねえ。少なくとも冒険者でも人間扱いしてくれるだけありがたいぜ」


 ラコに下品なこと言ってたカスな連中にも悲しい過去が……。

「それでも登録はしていきます」

「おう、坊主、好きにしろ。全部お前の自由だし、登録に金はかからねえ。名前は?」

「レオンです」


「ほう、レオンか」

 あれ? 「あの道場破りのレオンってお前のことか!?」みたいな反応を期待してたんだけど……。

「あの、受付の人、レオンはけっこう道場破りをやってきたんです」

 ラコがフォローに回った。これで反応があるだろ。


「ほう、そうかい。達者な腕前なんだな」

 とくに驚きもない!

「あの、冒険者の人って道場とか行くことあるんですか?」と俺は聞いてみた。

「行かねえだろ。道場行っても金がかかるだけで儲かりはしねえんだから」

 後ろの冒険者たちもうなずいていた。


『すみません……。道場破りの情報が道場界隈でしか広がってないようです……。冒険者業界は冒険者業界で閉じていました……』

 メッセージウィンドウに寂しげな文字が出た。


 まあ、こういうこともある。全然、無駄じゃないからいいぞ。


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