巨体の領主1
翌日、俺たちはエシロル郡の町にある道場に向かった。
やることはこれまでと同じで、道場破りだ。
「あの若さはまさか……木剣のレオンか?」
「この州の道場を片っ端から荒らしまくっている化け物だっ!」
練習生がビビっている。よし、俺の噂は広がっているらしい。計画通りだ。
ビビっているのは練習生だけじゃなくて、若い道場主も同じだった。20代なかばぐらいか。数字を確認してみよう。
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ニベニア
職業・立場 道場主
体力 45
魔力 8
運動 53
耐久 59
知力 18
幸運 27
魔法
なし
スキル
一刀必殺・一点貫通・薙ぎ払い
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運動は53……。たしかにそのへんの軍人と一対一で戦えば勝てる確率のほうが高いだろうけど、ほかの道場主と戦ったらほぼ負けるだろうな。
「ぼくは親から道場を継いだだけで、たいした力はないからねえ……。正直なところ、勝てるとは思ってないよ」
弱気すぎる……。地元の子供に基礎を教える初心者コースみたいなものか。
あまり恥をかかせるのもよくないので、勢いで圧倒するというよりは、丁寧に敵の動きを封殺して、軽く額に剣を当てた。
「あっ、負けました」とあっさり道場主は言った。
「手合わせ、ありがとうございました。あの、15歳の若造が言うことではないと思いますけど、もう少し覇気のある戦い方をしたほうがいいんじゃないかなと……」
「いやあ、面目ない」と道場主は苦笑しながら頭をかいた。本当にやむなく道場の跡を継いだってだけみたいだな。
「うちの子爵に伝統ある道場なんだから絶やしちゃダメだと言われててね……。子爵のほうがはるかに強いもんだから、そのまま従ってるって感じかな……」
ううむ、とことん情けない!
ただ、子爵が強いというのが気になった。
と、道場の裏手からぱちぱちと拍手の音がした。
いかにも小領主といった雰囲気の男が出てきた。
「拝見させてもらっていたが、見事な動きだね。道場破りのレオンの名前は聞き及んでいるよ。ああ、紹介が遅くなった。私はこの土地を治めてるオトルナ子爵家の家臣でマルトーと言う」
一方的にマルトーという男はしゃべり続けた。
「ぜひ、うちの子爵のお殿様が戦ってみたいと言ってるんだがいいかな? もちろん刃のついてるものは使わないので練習試合だよ」
一応、ラコの顔を見る。ぜひやってこいと言う顔をしてると思ったが、どうもちょっと不安そうだった。
「あの、そのレオンの従姉のラコです。レオンはまだ偉い方の前に出た経験がないので無礼を働いてしまうかもしれませんが……」
「勝負の最中に細かな儀礼は関係ないよ。問題があっても、家臣の私がとろう。お嬢さんは心配しなくてよいよ」
ああ、いきなり領主の真ん前に出るのは名を売るにしても少しやりすぎと思ってるのか。
でも、ここで委縮したら、逃げたって話のほうが広まってしまう。ここは受けて立つしかないだろう。
「ぜひやらせてください」
俺はもちろん了承した。
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オトルナ子爵の屋敷は町の少し北の筋にあった。その筋の両側には家臣の屋敷らしき立派な門の家が並んでいる。もっとも、町の規模からして、いかにも州の一つ下の行政単位の郡を実効支配するぐらいが限界の権力という感じもする。
竜騎士家もこれぐらいの領主だったからだいたいわかる。そのあたりから強くなりすぎたせいで太守の奴に目をつけられた。
家臣の屋敷が並んでる奥の左手に二十段ほどの階段で上に上がれる台地がある。階段を登ると、子爵の屋敷のエリアがあった。城というには防御性能は甘そうだ。
その屋敷の前に原っぱが続いている。おそらく戦争の時はここに軍隊を集めるのだろう。基本的にヴァーン州のミンヘイ城を小さくしたような感じだ。
「ここに子爵を呼んできますので、お待ちください」
「えっ? 子爵から出向いてもらう必要はないですけど……」
それはあまりにもこっちが無作法になる。自分でもそれぐらいはわかる。
「いえいえ、うちの子爵は堅苦しいのが本当に苦手なので。ああ、もうすぐ来ると思います」
待機していたみたいにすぐ屋敷から男が出てきた。
身長2メートリは軽く超えているような偉丈夫の男が、太い棍棒みたいなものを背負って……。
おい、なんだ、デカすぎるだろ……。
「お前がレオンだな。この土地の領主、ドニ・オトルナだ」
図太い手を俺のほうに差し出してくる。
「一勝負やらせてもらおう。俺は強い男が大好きでな。かといって、強い男を呼び集めるほど金があるわけでもないので、旅の武人が来るとよく呼んでるんだ」
俺は握手をするタイミングで相手のステータスを確認する。対峙するだけで威圧されそうな空気がある。
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ドニ
職業・立場 郡領主・子爵
体力104
魔力 5
運動 91
耐久 75
知力 14
幸運 19
魔法
なし
スキル
粉砕打・薙ぎ払い・武器破壊・ときの声
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なんだ、この数字! 無茶苦茶強い!
ラコも驚いていた。91って何だよ……。これまで見てきた人間の数字の中で運動能力は最大だ。
『緊急なので、メッセージウィンドウを使用してお伝えします、運動91というのは異常な数字です。剣士ではなくゴーレムと戦うという心づもりでいていください』
ゴーレムって言われても出会ったこともないからわからん!
まずいぞ、この敵と真正面からやりあって、とうてい勝てるとは思えない。
でも、今更逃げられるわけがない。そんなことしたらレオンの名前は最悪の広まり方をする。
「心配するな。俺は殺人狂なんかじゃない。刃物も使う気はない。道場破りを繰り返してきた実力ならちゃんと戦いになるだろ」
ドニ・オトルナは棍棒で地面を叩きつける。
地面が少し陥没していた。
法外な腕力……。
「これが俺の武器だ。さあ、どこからでもかかってきてくれ」
ふざけんなよ。刃物を使わないことがどう平和を意味するんだ。あんなのでまともに殴られたら即死だ。
戻ってきたマルト―という小領主はいっぱい食わしてやったという顔をしていた。たしかにあいつは何もウソを言ってない。わかってなかったこちらのミスだ。
「じゃあ、勝負はじめだな!」
ドニがどしどしと突っ込んでくる。
俺はとりあえず距離をとろうとするが、相手の動きが想像以上に速い!
筋肉も異常に発達している。だから、移動だって神話の巨人みたいにノロノロしてないわけだ。
ドニが棍棒を振り下ろす。
俺はすぐ後ろに飛びのくが――もうドニが近接してきていた!
こいつ! 軽く振り下ろして、本命はこの後か!
「こっちは近づいてなんぼなんでな! さあ、小僧、どうする?」
俺は思いきりしゃがんで、敵の巨体の股下を潜り抜けた。
「おっ、いい動きじゃねえか。そう戦闘中に流儀なんて気にしちゃいられねえからな」
危ないところだった……。とにかく棍棒をまともに喰らわないようにしないとな……。
気づけば周囲にはオトルナ家の家臣と思しき連中が観衆として集まっている。おいおい、見世物扱いで死にたくはないぞ。
今度はドニが力任せに棍棒を横に薙ぐ。これぐらいならかわせるが……うかつに近づけないな。かすったぐらいでも吹き飛ばされるおそれがある。
「動きに無駄がねえな。どうやら肉体に恵まれただけじゃなくて、ちゃんと修練も積んでるようだ」
「お褒めに預かり光栄ですけど、そんな巨体の持ち主が他人をどうこう言うのはおかしいでしょ!」
「なあに、ちょっと鍛えてるだけだ。これでも政務はまともにやってるぞ。クルトゥワ家に尻尾振らないと危ない土地柄なんでな!」
クルトゥワ家は名目上のコルマール州の太守だ。本拠がずっと東の州なせいで支配が形式上のものにとどまっているが、あまりに遠方の領主が好きにやってれば、総督に任命された軍人が大軍とともに黙らせに来る。
「持久戦のつもりか? でも、俺のほうがはるかに体力はあると思うぜ?」
ドニが棍棒を地面に振り下ろす。
地面が大きくへこむ。別に粘土質の地面なんかじゃないぞ。むしろ場所からして兵士やら馬やらがさんざん踏みつけてきた地面だ。常人の領域じゃない。
なんとか隙を見つけ出したいが、それが……全然ない。
ドニの攻撃はたしかに大味だが、発達した筋肉のせいか、動きがとにかく速い。それにリーチが長いから踏み込んだらこちらが一撃を加える前に次の攻撃に巻き込まれる。
「おいおい、どうした? 手数が少ねえぞ? そういう流派かよ? 一撃必殺の剣技はあんまり好きじゃねえんだよ。気が張り詰めて疲れるだろ」
ドニが大きくジャンプして棍棒を地面に叩きつけた。
必死で横に飛んだが、軽く地割れが起きていた。
よける余裕がなくなってきてるな。それに……動きを覚えられてきている。
なんとか隙を見つけないとと思った時――
「レオン! もっと攻めなさいっ!」
ラコが叫んでいた。




