道場破りの旅2
俺たちはラコの言った下準備のために、コルマール州南部の町に寄った。
町の通りの喧噪とは少し違った種類の騒音が聞こえる場所が町外れにある。やけに気合いの入った雄々しい声だ。
その建物の前には「剣士マイエンの道場」とある。
引き戸タイプの入り口は開け放してあるので中がよく見える。刃のついてないロングソードで練習をしている人間が合計八人。
そこに俺は無作法に顔を出す。
「悪いけど、手合わせをさせてくれませんか?」
俺はそう言うと、どかっと入り口をふさぐように腰をおろす。
道場に不穏な空気が走る。
「なんだ、道場破りか~?」
「いや、でも、ガキすぎるだろ。変なこと考えんなよ~」
「ガキだからこそ調子乗ったら痛い目に遭うってわからせないとダメじゃないか」
「いや、ここはマイエン師匠の剣の素晴らしさを見てもらって改心させるべきです」
あれ? もっと苦々しい態度をとられると思ったけど、子供扱いされてるからかそこまででもないな。それはそれでやりづらいぞ……。
ラコも道場に入ってくる。
「すみません、私たち田舎から出てきたんですが、自分たちの剣がどれぐらい通用するか知りたいんです。全力で勝負していただけませんか?」
声には出なかったけど、全員の視線がラコに集中するのがわかった。
これ、修道院でも体験したやつだ……。各地の都市を回ったわけじゃないので俺は基準がよくわからないんだけど、どうやらラコが相当な美少女なのは本当らしい。
「そんなに言うなら、お前ら、相手をしてやれ」
ひげ面のマイエン師匠らしき男が言うと、20歳ぐらいの男が出てきた。おそらく弱い奴から順番に出そうってことだろうな。
よし、これで勝負ができるな。
俺は木剣を構える。こういう手合わせの場合、木製の剣を使ってきたのは都合がいい。
各地の道場を道場破りしていく――これがラコの計画だ。
道場破りをしながら移動を続ければ、上手くいけば商都ハクラに着いた頃には名前が知られてる可能性がある。少なくとも冒険者として名前を売りやすい。
『道場破りをしていけば実力のある冒険者として知られていきますよね。いずれ、ハクラに着いた頃にどこかの領主から仕官の話がありますよ。つまり、末端とはいえレオンも領主になれるわけです』というメッセージウィンドウが俺の視界に出てきた。
中には猛者が道場主をやっているところがあって返り討ちにあうかもしれないが、それはそれで俺の成長につながる。
つまり、どう転んでも俺に損はないということだ。
あと、俺も自分の剣でどれぐらいやれるのか、確認をしてみたかった。
ラコとの特訓にしても、盗賊団との対決にしてもイレギュラーすぎた。
マイエン師匠が審判役をつとめるらしく、俺と対戦相手と垂直に立つ。
「では、はじめ!」
脳天を攻撃するのは危ないから額を狙うとして、このあたりから直進すればいいか。
俺は踏み込んで――額を打った。
本当にそれだけ。余計なフェイントなどは何もない。
バシィーーーンという音が鳴った。木剣も相手にあまりダメージにならないようものを持ってきている。ダメージの代わりに音がよく鳴る練習用のものだ。
最初、対戦相手は何をされたかよくわかっておらず、きょとんとしていた。
「はい、俺の勝ち……ってことでいいですよね?」
もしかして、仮面をかぶってる場合は額は効かないからダメなんて流派じゃなよな?
「下がれ、お前の完敗だ。一瞬で踏み込まれた。ったく、負けたことすらよくわかってないのか……」
頭を押さえながらマイエン師匠が言った。
そして、師匠がロングソードを握った。
「練習生では勝負にならないな。ワシがやる」
俺は相手をじっと凝視する。
===
マイエン
職業・立場 剣士・道場主
体力 50
魔力 0
運動 57
耐久 42
知力 26
幸運 45
魔法
なし
スキル
高速立ち合い・一点貫通・水泳(中)
===
とりあえず運動の部分を見る。これの数値で実力がおおむねわかる。極端に体が柔らかい大道芸人なんかも数値が高くなるので、純粋な戦闘能力とは即断できないんだけど、剣を使う立場なら類推が可能だ。
57か。手練れだけど俺の73と比べたらだいぶ劣るな。
道場主をやってるってことは、60前後なら剣でメシが食っていけるというラコの話は正確だと言える。その中には領主に仕官するんじゃなくて道場を開くという選択も含まれる。
「やけにこちらを見ているようだが、その程度では見抜かれんよ」
いや、かなり見抜いてますけどね……。水泳が得意だとか……。
でも、そんなことを言って動揺させるのは反則だからやめとこう。メッセージウィンドウというスキルは使うけど、それで個人情報を握ってるぞというように振る舞うのはもはや剣技とは関係ない。
俺はゆっくりとマイエンのほうに近づいていく。相手の攻撃の実力がどんなものか確認したい。
俺が若いのもあるのか、マイエンは割合あっさりと剣を繰り出してきた。若い奴相手にじっと待ち続けるのは格好悪いだろうしな。
「はぁーーーっ!」
太刀筋がまっすぐでいい剣だ。でも、速度というか勢いが中途半端だ。
ああ、道場ならこれで問題ないものな。戦場なら相手の命を奪うことが目的になるので、一気に相手の急所を貫くような荒々しさが必須になる。そこが向いてないから道場で教えることを選んだとしたら、自分の弱点をよくわかってるということだ。
適材適所。何も責められる点はない。
ただ、この戦いは俺が勝つけどな。
敵の剣を力で大きく弾き返す。
敵の体がゆらぐ。
それだけで十分だ。
隙を強引に作った。
そして一気に――
「うおりゃあああああああぁぁぁぁぁぁっ!」
腋の下から斜め上に薙ぎ払うっ!
マイエンの体が浮いて、軽く吹き飛ぶ。何度かぐるぐると板張りの床の上を転がっていった。
「ま、参った……」
マイエンの顔には信じられないと書いてあった。
「若さの目立つ乱暴な剣だが、まったく対応できなかった。若さを止めることができなかった……」
小声でラコが「若さのせいじゃなくて実力ですけどね。10代の剣士に技術があることを想像できてないだけです」と言った。
それが真相なんだろうけど、わからないのはやむをえないと思う。実際、俺は正統派の練習で今の力を手にしてるわけじゃないからだ。こんなこと想像できるわけがない。
「道場を閉鎖しろとかひどいことは言いません。道場も奪いません。ただ、マイエン道場の指導者に勝ったという事実はほかの道場で話させてはもらいますね。田舎から出てきましたというだけでは今後も勝負すらしてもらえないかもしれないので」
マイエンさんは力なくうなずいた。勝負の世界は非情だ。完敗してしまった以上、文句を言うわけにはいかない。
と、ラコが横から顔を出した。
「それと、二人分の食事を用意してもらえるとありがたいんですが、いいですかね?」
こいつ、道場破りで食費も節約する気だ!
「あと、道場主さんの自宅が近かったりすれば、泊まらせていただいていいですか?」
「お前、セコくないか? それは厚かましいだろ……」
「ダメですよ。路銀には限りがあります。節約できるところはしっかり財布の紐を締めておくべきなんです。毎月地代がもらえるわけでもないんですから!」
結局、ラコのセコい作戦が実行された。




