仇の居城へ2
「運、ですか?」
不思議そうに修道院長が尋ねた。
なんだ、まるで悪いことは何もしてないみたいな言葉じゃないか。
「竜騎士家は強くなりすぎた。なので、念のため滅ぼしておこうという家臣が増えてな、それなら好きなようにしろと討伐を認めたわけです」
な、な……。
なんだよ、それ!
怒りより先にこのクソ太守を消したいという気持ちが一気に沸き上がった。
もちろん抑えてはいるが、想像以上に腹が立っている。
まだこいつが竜騎士家を憎んでいたならよかった。誰だって腹を立てることだってあるだろう。竜騎士家だって何度も戦場に出ているから、殺したくなるほど恨まれたことだって数えきれないほどあるはずだ。そこで殺されるならお互い様だ。
だが、この太守は竜騎士家を憎んでいたわけでもないのに、なんとなくの理由で滅ぼした。放っておいたら危なそうというだけで。
そんなことで、滅ぼされた側はどうすればいい?
「で、では、竜騎士家の墓は作らせていただきます。ありがとうございました」
修道院長も太守の奴があまりにひょうひょうとしているので、戸惑っているようだった。
これで話は終わりだと思った。謁見や修道院長などが集まっての宴席などでは別の話もあるかもしれないが、そういう場所では当たり障りのないことをしゃべるだろうし、荷物持ちという名目でやってきた俺が参加できるわけがない。
なので、これで俺の目的はすべて終わったはずだったんだが――
そのまま太守は廊下をつかつか進んで、こっちのほうに向かってくる!
まさか、気づかれたか? いや、竜騎士家が滅んだ時に10歳だった分家の子供の顔なんてこいつが知っているわけがない。
常識的に考えれば、このまま廊下の先へ向かうだろう。あくまでもすれ違った時間に修道院長と雑談をしたという体裁だし、話した直後に引き返すほうがおかしい。
なのに、太守は俺のすぐそばで足を止めた。
本当に、こいつ、全部気づいてるのか?
ゴブリンと戦った時よりも、盗賊団と戦った時よりも、はるかに危機的だった。
ここで俺を処刑すると言えば、抗うことはほぼ不可能だ。
どうする? 先手を打って逃げるか? いや、逃げるぐらいならこいつを殴り殺して自分も死ぬ……? ダメだ。修道院のみんなが処刑される選択など論外だ。
「赤紫の髪のお嬢さん、顔をあげてくれないか? あなたの美しさは遠くからでもわかりましたよ」
太守がそう言った。それは俺の隣のラコへの呼びかけだった。
は、はぁ? こいつ、ラコを口説いてるのか……?
ラコも困惑しつつ、顔を上げた。
「あの……何かありましたか? 私は雑用役を務めているだけの者ですが」
「僕の名はガストス・ベルトラン、この州の太守です。どうか、お茶会にでもご招待したいのですが」
まさか仇がラコに自己紹介してるのを聞くことになるとは……。
人生っていろいろあるもんだな。
「申し訳ないのですが、私は参加することはできません」
「そう言わずに。あなたのような方が来れば場も盛り上がります。きっとやんごとない立場の方でしょう。もしや、中央から争いを避けて逃げてこられた姫君ですか?」
こんなに堂々と口説いてくる奴っているんだな……。
ただ、これ、面倒ではあるな。きれいに断らないと、しつこくラコのところに手紙を届けようとしたりされるかもしれない。
となると、俺の正体がバレるリスクも出る……。
ラコって聡明だけどこういう特殊な事態は弱そうなんだよな。大丈夫かな……?
「その、実は……私、もう夫がいるもので」
その言葉に太守の言葉も止まった。
あと、俺の腕がラコにつかまれたので、こっちまでびくっとした。
「修道院長はまだ子供のおままごとのようなものだとお笑いになるのですが、正式に神の前で誓いはしましたので、不実なことはできません。しかもその修道院長もごらんになっていますので……」
太守が俺を睨んでるのがはっきりわかった。こんなふざけた理由でこいつに睨まれることになるの……? てっきり仇討ちに成功して城に乗り込んで一対一で対峙した時とか、そういう状態で睨まれると思ってたんだけど……。
太守は無言ですたすた廊下を歩いていった。
ある意味、俺の危機は回避されたのだった。
ラコに腕をつかまれたままなのが、ちょっと気恥ずかしいな……。
●
「いきなりすみませんでした。ほかに思いつく手がなくて」
清苑修道院の関係者用にあてがわれた部屋に移動したあと、部屋の隅でラコに謝られた。
「別にいい。事情はわかるし、ほんとにあいつの誘いに乗って茶会に顔出すわけにもいかないしな。修道院長の前で不倫しろとはあいつだって言えなかったし、正しい判断だったと思うぞ」
そう、逃げ方としてはきれいだった。
ただ、不覚なのは、夫と言われて、ちょっとドキっとしてしまったことだ……。
ラコの正体を知らないならいい。州のトップの太守の野郎も口説きたくなるような美貌なんだろうから恋情を抱くこともあるかもしれない。
だが、俺はこいつが何者か知っている。それで照れるってどういうことだよ……。
それって仇討ちの協力者によこしまな感情を抱いていることにもなるわけで、仇討ちまで霞んでしまう。あってはならないことだ。
「まあ、アクシデントもありましたが――よく我慢しましたね」
ラコは俺の頭に手を載せた。声のトーンは真面目なものだった。
「ガストス・ベルトランという仇が近くにいても表面上は態度を変えませんでした。あの場で殺すことも確実にできたのにレオンはそれをしなかった」
「修道院のみんなが殺される選択なんてするわけないだろ。それじゃ、太守と何も変わらない」
俺はまっとうな方法で偉くなって太守を――ガストス・ベルトランを倒す。
そう、倒すことはもう決めた。
「この州の太守になるつもりだから、よろしく頼む」
俺は小声でそう言った。
「ええ! 全力でサポートしますよ!」
大きな声でラコが言った。
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