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一族皆殺しにされた没落領主、メッセージウィンドウの指導法で最強剣士に成り上がる  作者: 森田季節
従姉の剣士~レオン14歳~

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仇の居城へ1

 ヴァーン州は合計10の郡に分けられる。東西はたしか70キーロぐらいで、おおむね端から端までだと移動に丸2日ぐらいかかる。


 そのうち、俺たちの清苑せいえん修道院は比較的太守の城にも近い郡だ。近いといっても列を作ってだらだら歩けば半日はかかるが。その低地の郡の、主要な寺院の関係者が集まって、太守の治世を寿ことほぐ。


 形式的なイベントだが、戦乱が起こればこんな年中行事もできなくなる。そういう意味では、年中行事をちゃんとやれることは太守の治世が安定していることを示すことになるから、形式的なこともバカにはできない。




 俺とラコは荷物持ちの下働きという扱いで太守の城を目指して歩いている。のんびりとした行程なので疲れるようなことはない。


「私が言ってもどうにもならないことですけど、太守の城って州の東に寄りすぎなんですよね。修道院からはそこまで離れてないからいいですけど」

 わざわざラコは周辺の地図を広げながら歩いている。


 たしかにヴァーン州の太守の城は極端に東にある。ほとんど隣の州に入りそうな場所に配置されている。もっと東に行くとルメール州、そこから北上していけば近距離でコルマール州だ。どちらの州とも太守の居城は近い。


「それには歴史的経緯があるんだよ。はるか昔、まだヴァーン州のエリアが王国の支配に入ってなかった時代、中央から派遣された将軍は内側に拠点は作れないから、陣を隅っこのほうに置くしかない。平和な時代になっても移転させるのも面倒だし、中央からの連絡も早く届きやすくはあるからずっと同じ場所にあるってことだ」


「うん、よくできました。ヴァーン州の歴史がよくわかっています」

「って、よく考えたら、ラコはすでに知ってるんじゃないのか?」

「だいたいのことは。でも、私の認識が世間でも通用してるかは別ですから」


 ちなみに王国は滅亡などしてないし今でも王が中央にいるが、全国を統治できているかというと、そんなことはない。遠く離れた州ほど領主が好き勝手にやって、事実上、この国は無数の小さな王国に分裂している状態だ。


 もっとも、中央がまだ全国を管理できていたのなんて100年以上前の話なので、もはや今の人間にとったら実感も湧かないが。

 中央のほうも今となっては太守のベルトラン家がどうなったかなんて、どうでもいいだろう。


 なんか、ものすごく久しぶりに太守の姓が頭に浮かんだ気がする。よその州に行かなきゃ太守って言えば済むからな。


 ベルトラン家は代々太守の地位を継いでる名門――というのは間違いではないが、そんな有力な一族ではなくて過去も何度か他家に太守の地位を奪われている。40年ほど前に当時太守をやっていたほかの有力貴族を追い出す時に活躍したのが当時のマディスンじい様だ。

 俺が生まれた時にはじい様って見た目だったから、若い時のイメージはないし、当時でもすでに中年か。


「レオン、ところで素朴な疑問なんですが、ミュハンさんは太守や重臣に会えるでしょうけど、下働き扱いのレオンは無理ですよね」

「別に直接会って糾弾するつもりとかはないからいいんだよ。城に入れるだけでラッキーだし、城の手前で留め置かれても問題ない。堀の周りでもぐるっと見てくるさ」

 むしろ直接会うことができないから修道院長に同行できたっていうのはある。





 俺たちはだらだらと半日歩いて、太守の城であるミンヘイ城へ着いた。

 長く続く台地の先端部分を大きく使った城で、土の崖の一部は石で補強されている。城門までは大人四人分ぐらいの高さがあって、斜めに伸びている階段をジグザグに登っていくことになる。


 階段を上がって城門を抜けると、広場が続いている。厩舎きゅうしゃもなかなかの規模だ。

 大半の建物は広場の奥で、いくつもの建物が渡り廊下で連結されている構造になっている。増築された箇所が多いせいか機能的な建物の集まりというより、無秩序に増殖したツタみたいだった。


「こんな屋敷で一生暮らせたら楽しそうですね」

「お前もそういう発想になるのかよ」

 もはや【竜の眼】ということは忘れそうになる。


 しばらく待機していると、州の役人が来て、修道院の人間は空いている建物の一つに移動することになった。俺たちも荷物持ちとしてそれについていく。


 州の役人の中には領主階級ではあるが代々文官という奴もいる。そういう人間が竜騎士家の滅亡をどう見ていたのかはちょっと気になるが、さすがにそんな質問をしたら不審すぎる。



 俺たちも渡り廊下を行列の一員として歩く。そうやって歩いていると、廊下の奥からぞろぞろと何かがやってくるのが見えた。

 修道院長が頭を下げた。


「これはこれは太守殿、ごきげんいかがでしょうか?」

 太守という言葉に心臓が変な震え方をした気がした。


 自分も顔は下げるが、そうっと太守と呼ばれた男のほうを見る。

「おお、これはこれはミュハン殿。修道院の経営はいかがですか?」

 声は若い。たしかまだ20代のなかばぐらいだろう。


 どの男かはわかった。とくに武人という雰囲気はない。いかにも高級そうな毛皮の上衣を着ているが、ものすごく陰湿そうだとか、極端な性格の感じはない。どこにでもいる優男という感じだ。


 ラコが小声で俺にだけ聞こえるように言った。

「正式な謁見の場では堅苦しい話になってしまうので、偶然廊下で通りがかった時に話す――一般的な手法です。太守はミュハン修道院長と話がしたいのでしょう」

 たしかに偶然にしちゃ、できすぎてるな。


「さほど苦しいということはありませんねえ。荘園を取り上げられたりしたわけでもありませんし、ほかの州の軍隊に荒らされたりもしていませんので」

 修道院長はいつもどおりののんびりした口調だ。


「それならいいのですが、あの修道院はアルクリア竜騎士家の崇敬も集めていたでしょう。そこからの貢納が途絶えたことが影響してるのではと心配していたのです」

 向こうから竜騎士家の名前が出るとは思ってなかった。


 ああ、やっぱり、腹が立つな。

 でも、怒りを表に出さない程度のことはできる。ここでキレて殴りかかればすべて終わりだ。


「アルクリア竜騎士家とは懇意にさせていただいていましたが、支障はございません。それと、一つお願いをさせていただいてよろしいでしょうか? もちろんご不快であればそうおっしゃっていただいてかまいません。少し考えていることがありまして」


「よいよい。好きなだけ話してくださってけっこうです。廊下での雑談ですから口が軽くなることもありましょう」


「竜騎士家に落ち度があったことはわかっているのですが、当修道院を長らく庇護してくれた一族というのもまた事実でして……その、もし太守がご不快でなければですが、小さな墓石でよいので当修道院の敷地に竜騎士家の墓地を置けないでしょうか?」


 ああ、修道院長は俺のためにこんなことを言ってくれているんだな。

 修道院側に何のメリットもない。


「ああ、そうか、そうか。好きなようにやってください。そんなこともあったなあ。マディスンのじいさんも当主のカティスも運がない奴だった」


「運、ですか?」

 不思議そうに修道院長が尋ねた。

 なんだ、まるで悪いことは何もしてないみたいな言葉じゃないか。

キーロはこの世界の単位ですが、キロとほぼ同じだとお考えください。

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