最強の従姉と剣士7
「精神を集中して、この部屋に光を灯してください。これだけ暗ければ成功もすぐにわかりますし」
修道院長はごく普通のことを言ってるという調子だった。
「ええと、具体的に俺は何をすればいいんですかね……? 詠唱とかされてましたよね?」
「あれは自分の中で魔法を使う時のルーティーンみたいなものなので必須ではないですねえ。魔法使いと呼ばれる人たちの魔法は別として、聖職者が使う魔法の詠唱はおまけです。結局、信心というか精神統一ができてないと意味がありませんから」
修道院長の靴の音だけが響いた。
「私もここで瞑想でもしていますので。勝手にホーリーライトを成功させてください」
「あれ……? それって魔法を教えるって言います……? せめてコツぐらいは教えてほしいかな、なんて……」
何もかも丸投げなような気がするぞ。というか、場所を提供されただけのような……。
「こういうのにマニュアルはありませんからね。聖職者らしい心構えでいれば問題ないですよ。はい、スタート!」
スタートって言われても、どう始めればいいんだ!?
とりあえず目を閉じて、じっとしてみることにした。こういうのって、目を閉じたほうが集中してる気がするよな。目を閉じても明けてもどうせ何も見えないからというのもある。
光を照らすぞと念じればいいんじゃなかろうか。
●
何も起きない……。
見事に何も起きない。自分がどこにいるのかもよくわからなくなってきた。これって、本当に修道院長、この場にいるのか? 取り残されてないか?
それと、時間感覚がわからない。10分か1時間かまったくわからない。
今は完全に雑念に支配されている。精神統一など一切できてない。
自分もその場に座ってみる。床が思った以上に冷たいが、きつくなったら立ち上がろう……。
こういう時って何を考えればいいんだ?
回復魔法を覚えた時は、傷を癒すことに意識を向けろと教えられて、そのうち習得できたけど。この場合は光をつけろって念じればいいのか?
光れ、光れ、光れ、光れ、光れ……。
何かが違う気がする。そんな単純なものではないんじゃないか。
「あの、修道院長、これってどうしたらいいんですか?」
虚空に向かって尋ねてみた。
修道院長がまだ暗闇の中にいるかすら実はわからない。気配が何もないのだ。
「もしかして、トイレに行きたくなりました?」
いきなり声が聞こえて、こっちが尋ねたのにびくっとした。ちゃんと残っていたんだ。
「いえ、トイレじゃないです。全然違います。光の魔法ってどうすればいいのかなと……」
「聖職者の心構えがあれば使えるようになります。心がけ次第ですね。口で説明しても無駄なので教えません。むしろ言葉が先行すると、こういうのって覚えられないんですよ。言葉でわかった気になっちゃいますからね。ホーリーライトの使えない僧侶もいるぐらいです」
ヒントも何もなしか。
けど、こうやってじっとしてるだけで習得できたら苦労しないよな。聖職者の心構えって何だ? 正直でいろってこと? でも、それって闇の中と関係ないか。
さらに30分が過ぎた。
あくまでも感覚での話だから実は10分かもしれないし45分かもしれないが。
進展は何もない。まあ、少しだけ発光させられるみたいな段階があるかも謎なんだが。
やることがなさすぎて、雑念が浮かんできた。
一族でこんなことやってるの、俺だけだろうな。経験者の談話を聞けるチャンスもなかった。なあ、ご先祖様でホーリーライトが使えた人がいたら出てきて教えてくれませんかね?
それで誰かが出てくるわけないことは知っている。
死んだ一族が霊になって出てきたなんてことは一度もない。いっそ、恨みを晴らしてくれとか言ってくれれば仇討ちの決心ももっと簡単についただろうけど、そんなことはない。
でも、俺が死んだ側だとして、生き残りに恨みを晴らせとか願うか? 何か違う気がする。竜騎士家って武人の家系らしく全体的にさばさばしてたというか、湿っぽい空気はなかった。なので、この恨み晴らさでおくべきか~って感じは薄いかも。
むしろ一族を栄えさせろぐらいのほうが発展性があるというか。猜疑心だけで家臣を殺すようなクソ領主になるな、とか? これならありえそうかもな。
だんだんと未来のことを考えていた。
そうだな、どうせ強くなるんだったら、発展性のあることに使うほうがいいよな。たとえば誰かを守るためとか。
自然とラコのことが頭に浮かんで、笑ってしまった。
あいつを守れるほど強くなるのは現実的じゃない。あれは一族についている精霊みたいなものだ。
でも、あいつにも何か弱点があるかもしれないし……その時はちゃんと守ってやらないとな。
かわいいからとかじゃないぞ……? あいつはいわば俺の唯一の肉親、従姉なんだから。
そう、顔がわかる範囲の一族は全部消えてしまったなかで、あいつだけは俺を従弟だと言ってくれているのだ。
どうせなら誰かのために生きたいからな。
その時――視界が変わった気がして、あわてて目を開いた。
光が地下室を照らしている。
「どうやら魔法を使えるところまで、たどり着きましたねえ」
部屋の隅で座っていた修道院長が笑っていた。
「誰かのために生きようと思いましたね。その慈悲の心が光の魔法の根源なのです」
たしかに聖職者の心構えっておおもとは慈悲の精神か。
なかには、自分の信じる神格のためにすべてをなげうって、家族も恋人も無視するって生き方もあるかもしれないが、それでは長く続く教団は生まれないだろう。
人を救うっていうとおおげさだけど、救いたいって気持ちぐらいはなきゃ話にならない。
偶然、俺はいろんな考え事をしているうちに、そこにいきついたらしい。
「口先で人助けだとか救済だとか言っても無駄なのです。もっと素朴に、人のために生きようという心を持てないとダメですから。もし、復讐心でレオン君が凝り固まっていたら難しかったでしょうけど、見たところそうでもなかったですしねえ」
やっぱり修道院長は人をよく見ているな。




