最強の従姉と剣士6
俺はラコをからかいに修道院の二階に行った。
ラコは廊下の壁に背を向けて立っていた。
「本当に人気だな」
「うぅ……盗賊団退治はイレギュラーでしたからね……。結果として影響も想定外のほうに進んでしまいました……。まあ、私の素性があいまいなのでそのうち女剣士の話題も薄れるでしょう」
やってしまったとラコの顔に書いてある。
「でも、レオンがこの年で剣士として名を馳せるともっとまずかったですし、私の名が売れるのはまだマシではあります」
「それは、まあそうか」
ちなみに俺は聖職者としての勉強もそれなりに真面目にやっている。元々勉強が嫌いじゃなかったし、あくまでも俺が聖職者を目指している子供だとアピールしたほうが安全だからだ。
「でも、特訓を今まで以上にこそこそやらないと行けなくなったので、それは問題ですね」
「俺としてはちょっと助かってるけどな」
「まっ、基礎は十分すぎるほどできていますし、よかったです。上出来すぎる結果です。盗賊もきっちり倒せましたし」
「実戦の経験としてはそれぐらいしかないんだけどな」
かといって、毎日盗賊を倒すわけにもいかないので、こればっかりはどうにもならないのだが。むしろ、高名な剣士はどうやって強くなったんだ?
と、そこに修道院長が自室から出てきた。修道院長室は二階にある。
「ちょうどよかった。レオン君、ちょっと来ていただけますか? ラコさんはどちらでも大丈夫です」
「お二人の間の話なら差し出がましい真似はしませんよ。私は控えめな性格ですので」
どこがだよと思うが、こういうの、本人は真剣にそう思っているケースがある。
●
修道院長の部屋に入ると、ソファに腰かけろと言われた。修道院長は威張るような性格ではないので、誰にでも優しい。若造の俺にも優しい。よくできた人だと思う。
「話というのは何ですか?」
あまり心当たりがない。盗賊団のことでラコが目立ちすぎたが、元はといえば盗んだ奴が悪いし。
「もうすぐレオン君は15歳になりますねえ」
何となく時候のあいさつっぽいなと思った。
「はい、もうちょっと先ですが」
「それで、レオン君は将来はどうしますか?」
さらりといつもと変わらない柔和な表情で修道院長は聞いてきた。
これがどういうことかというと――
「15歳なら、聖職者見習いから本格的に僧侶になってもおかしくない年齢です。ほかの子供にも過去、そのように質問してきました」
そう、俺が俗人と聖職者の間みたいな中途半端な立場でいられたのは、それが許される年齢だったからだ。
逆に言えば、そのままずっと中途半端でいていいということにはならない。
「僧侶となってこの修道院に残ってもらってもけっこうですし、王都の大きな教会に紹介状を書くこともできます。といっても、この修道院と同じ会派のところだけですが」
答えは決まっていたが、修道院長の話をさえぎるべきではないから、そのまま話してもらうことにした。
修道院長はハゲ頭に手をやって、きゅっきゅと鳴らした。この人の癖だ。
「もちろん僧侶にならずに俗人として生きてもらってもけっこうです。子供の頃の一時預かりという形で修道院を使う領主や商人の方もいます。ただ、今のレオン君には帰るべき土地はないですから、そこは考えないといけませんね。粛清された一族がそのまま主君に仕えるということは意外とあるんですが、レオン君も心情的に今の太守に仕えたくはないでしょうし」
口にする言葉は決まっていた。
「この州を出て、冒険者としてやっていきます」
それが俺にとって一番いい選択だと思う。
「おお、よいですね。独立されるわけですか。能力的にも十分に可能だと思いますよ」
「独立といってもラコもついてくるので、そんなにかっこいいものじゃないですけど……。従姉弟って設定が本物だと思う時があります。あいつ、俺のことを親戚の子供って認識してるというか……」
「はっはっは。それはあるかもしれませんねえ。ラコさんは一種の竜騎士家の守護精霊みたいなものですし」
守護精霊なら一族を救ってほしかったなと一瞬思ったが、それはひどいし贅沢すぎる要求だよな。そんなことができるなら滅ぶ領主などいなくなる。
「俺が大人になっても修道院にとどまっていれば、ここに迷惑がかかるかもしれませんし。立派になるまでは戻ってこないつもりでいます」
以前の盗賊団の件は別に太守のイヤガラセとかではないはずだが、俺が領主になって違和感のない年齢になってもこの修道院にいたらまた話は変わるかもしれない。
「お忍びで戻ってきてもらっても構いませんけどねえ」
修道院長は目が消えそうになるぐらい、目を細めて笑った。
「それでは15歳になるまでの間に、私の知っている魔法を一つ伝えましょう」
修道院長が大きく腕まくりをした。
あれ? これってまたくたくたになる流れでは……?
●
修道院長に「ついてきてください」と言われて、向かった先は修道院1階の廊下の一角。
「こんなところに何があるんですかね」
ほこりっぽい葺石の床ぐらいしかないんだけど。魔法を教わる場として適切かと問われれば多分違うと思う。
「何があるかというと、隠し通路です」
床に手を当てると、修道院長は簡単に一枚の葺石を抜いた。
その先に下へと降りる階段が続いている!
「えっ!? この修道院、地下室なんてあったんですか!?」
こういうのってたまに話では聞くことがあるけど、実在するんだな。作り話や伝承の中だけのものだと思ってた。
「別にそんなたいそうな逸話はないですよ。一方で、秘密の実験を行ってたとか、誰かを監禁してたとかいった後ろ暗い話もありません。貯蔵施設の一つとして作られたというのが真相だと思います。さて、行きましょう」
闇の中を平然と修道院長は地下への階段を進んでいく。正直なところちょっと怖いけど、修道院長を信じて後ろをついていく。
階段が終わったなというところで、ぼそぼそと修道院長の声が聞こえた。
「精霊よ、少しばかり救いの光をお貸しください……」
ぼうっと薄い光が差したようになって、だんだんと部屋全体が明るくなった。
「ホーリーライトという魔法です。正式な僧侶になれないと覚えられないものでもないですし、これぐらいは今のうちに覚えていったらいいと思いますよ。使い勝手はいいものです」
「たしかに。助かります。にしても、雑然としてますね……」
古臭い備品がやたらと壁際に置いてあって、完全に物置だ。中には古い本の入った本棚もある。
「たいていはガラクタですが、そこの写本は一冊で小さな屋敷ぐらいなら建てられる価値もあるそうですよ」
「えっ? そんなもの、適当に置いておいていいんですか……?」
「こんなところに貴重品があるとは誰も思いませんからねえ。盗賊団が来た時も地下室の存在にすら気づいてなかったです。ぶっちゃけた話、祭祀用の道具の類は高級品が盗まれても安いものを集めればいいのでどうってことはないんです。でも、貴重な記録は紛失すると困ることになるので大切に保管しています」
「あんまり大切って環境じゃない気もしますが……。で、ここで魔法を教えてくれると」
ホーリーライトって隠れてひっそり習うようなものじゃないとは思うんだけどな。禁忌に触れる魔法ではないし、聖職者以外が使うと問題というほどでもない。
「教えるというより、ここでホーリーライトを導き出してください」
修道院長が手をぱちんと叩いた。
それが魔法が切れる合図なのか、部屋がまた闇に閉ざされる。
「精神を集中して、この部屋に光を灯してください。これだけ暗ければ成功もすぐにわかりますし」




