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第六話 エレベーター ①
「今のエレベーターって喋るのねぇ」
ある日、父の同僚・Uさんが感心した様子で言った。
詳しく話を聞いてみると、次のようなことがあったらしい。
彼女が一人でエレベーターに乗り込み、ぼんやりしていたら、
“何階ですか?”
と訊かれた。
そう言えば、うっかりボタンを押し忘れていた。
親切に教えてくれるなんてハイテクだわ、と、彼女は技術の進歩に驚いたのだという。
だが、このエレベーターが設置されたのは1970年代だ。当時の機種に音声案内機能はない。
また、そのようなモデルは話の舞台である90年代でも稀少で、少なくとも父のいた施設には導入されていなかった。
「Uさん、あのエレベーターは喋ったりしないよ。これまで勤めてて、そんなの誰も聞いたことない」
「えーっ、じゃあ、私が聞いたのは何なの?!」
周りの人達に訝られて初めて、彼女は状況の異様さに気付き、戦慄していた。