第三十八話 ドミトリーにて
私が通っていた幼稚園は音楽教育に力を入れており、事あるごとに発表の場があった。
これは我々の学年が某全国大会に出るため、家族同伴で東京へ行った時の話。
大会自体は無事に終わったので詳細は割愛するが、宿泊先で怖い思いをした。
そこは古くて大きな宿泊施設で、一つの部屋に二段ベッドがいくつも置かれ、複数の家族が相部屋になるドミトリーだった。
両親は想像以上の古さに驚いたそうだが、私は気にしていなかった。友人と同じ部屋に宿泊するという珍しい体験に加え、自宅にはないベッドにテンションが上がっていたからだ。
しかし部屋が暑すぎるのには閉口した。冬場だったこともあり、エアコンの設定温度が高めだったのだと思うが、ベッドに入ってからも寝苦しい思いをしていた。
そのせいか、ようやく寝入った頃、悪夢を見た。
私は夢の中でもベッドに横たわっており、仕切り用カーテンを見ていた。
すると風もないのにそれがふわりと揺れた。直後、冷たい風が流れ込んで来ると同時に、暗い顔をした若い男性が恨めしい目でこちらを見ている姿が浮かんだ。彼は細面に古いデザインの眼鏡をかけていて、肌が真っ青だった。
当然、見覚えはない。
誰だろうと思う間もなく、彼の身体を突き抜けるように巨大な岩が転がって来るのが見えた。
それに圧し潰される直前、私は悲鳴を上げて跳ね起き、隣接している母のベッドに転がり込んだ。
母は下の妹と一緒に寝ていたので「狭い狭い」と言いつつも、私が添い寝するのを許してくれた。確かに狭かったが、ホッとしたおかげで気が付いたら寝落ちしていた。
翌朝、母に昨夜見た夢の話をしたところ、「緊張してたから怖い夢を見たのかも知れないね」とフォローしてくれた。しかし、やけにリアルだったため悪夢と片付けるのは躊躇われた。
帰宅後、高熱を出して寝込んだのは、単なる疲れによるものだろう。
後年、ふと思い出しこの時の話をすると、母も覚えていた。
その際、「もしかするとその若い男の人って、自殺した学生の霊だったのかも」などと不気味なことを言い出すので、気色悪いことを言うなと思っていた。
最近になって再び思い出して調べてみたところ、件の宿泊施設は企業の研修などでも利用されていたようだが、元々は修学旅行団体──すなわち“学生のためのホテル”として建てられていたものだったとわかり、ゾッとした。




