第三十話 野良猫
私の知人・X氏が若い頃の体験をもう一つ紹介する。
彼はその日も友人と二人で心霊スポットへ来ていた。そこは関東某県にある廃病院で、出ると有名な場所だった。小高い場所で見晴らしがよく、昼間に訪れる分にはさほど怖さを感じないが、日が落ちると様相が一変するという。
独特の雰囲気を漂わせる建物に期待が高まる。友人もそうだったらしく、やけにテンションが上がっていた。
建物の中はだいぶ傷んでいた。
懐中電灯の明かりを頼りにしばらく散策を続けていると、壁に大きな窓がある空間に出た。ちょうど月の光が差し込んで来ていて、床や室内がそこだけスポットライトを浴びたように明るい。
「うおっ! びっくりした」
出し抜けに友人が声を上げた。驚いてそちらを振り返ると、暗い廊下の向こうに光るものが見えた。小さな二つの丸い光で、床からさほど高さがない。
猫だと思った。
友人もそう思ったらしく、ほっと胸を撫で下ろすのがわかった。
「野良か。どこから入ったんだ? おいでー」
猫好きな友人は腰を屈め、チッチッと舌を鳴らし始める。すると二つの光は、すーっと二人のもとへ近づいてきた。
そして件の大きな窓の前まで来た時、月明かりに照らされ、その姿がはっきりと浮かび上がった。
仏蘭西人形だった。
二人は絶叫し、無我夢中で車まで逃げ戻ったという。
事前情報ではその病院に出るのは人の霊だったはずで、「何もかも意味不明」とX氏は結んだ。




