第二十三話 挨拶
数十年前の話になる。
父方の祖父母が海外旅行に出かけた。ずっと働き通しだった二人にとって、羽を伸ばせる貴重な機会だ。
夫婦水入らずで観光を楽しみ、夜はホテルの部屋でのんびりと寛いでいた。
と、祖母が妙なことを言い出した。
「猫の声がする」
そんなはずはないだろうと首を傾げる祖父を尻目に、祖母は声の出所を探し始める。
やがて、窓外で鳴いていることに気付き、窓を開けようとしたところ、祖父に止められた。
「この部屋、何階だと思ってるんだ」
そこはホテルの最上階に近い高さで、バルコニーなど足場になりそうな場所もない。
釈然としないものの、言われてみれば確かにそうだと思った祖母は、捜索をやめて気にしないことにした。
翌日、帰国した祖母は、家人から愛猫が死んだことを聞かされた。祖父母が旅行に出かけた後に体調を崩し、獣医師に診てもらったが回復しなかった。
祖母はその猫をとても可愛がっており、猫もよく懐いていた。しかし、せっかく旅行を楽しんでいる祖母にわざわざ知らせる必要はないと思った家人は連絡を控え、帰って来た時に会わせてやれるよう、亡骸を保管しておいた。
猫が旅立ったのは、ちょうど祖母がホテルで鳴き声を聞いた時間帯だったそうだ。
祖母はタオルに包まれた愛猫を撫でながら、「あの時、お別れの挨拶に来てくれたのかな」と思い、涙が出たという。




