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第二話 乳母車
父の友人・M氏の話。
その夜、M氏は自室で試験勉強をしていた。彼の部屋は2階で、机のそばには窓がある。
集中が途切れ、ふと窓の外を見ると、自宅前の通りにあるものがあった。
街灯の下に赤ん坊の乗った乳母車がとまっている。
時計を見れば、午前1時をまわっていた。
何故、こんな時間に……?
初めは、赤ん坊が夜泣きをしたかして、夜風にでも当てているのだろうと考えた。
ところが保護者の姿はない。
近くに自動販売機があるので、飲み物を買っているのではと思ったが、どこにも人影はない。
まさか、あの赤ん坊は置き去りにされたのか?
不安がよぎった次の瞬間だった。
乳母車がひとりでに動き出した。
風はない。それ以前に、進行方向があり得ない。
大通りはけっこうな勾配の坂道になっているのだが、乳母車はそこをゆっくり上っていく。まるで誰かに押されているかのような絶妙なスピードだったという。
あの乳母車は──おそらく赤ん坊も──この世のものではないと悟ったM氏は、また変なものを見てしまったと嘆息し、勉強を切り上げて布団に入った。