第4話:森の中の邂逅
森を歩くうちに、少しずつ新しい力の扱い方がわかってきた。筋力が増し、俊敏さも手に入れたことで、視界の中の動きが以前よりも鮮明に捉えられる。あの獣を喰らったことで得た力は確かなものだ。この世界で生き抜くためには、この力をどこまで活かせるかが鍵になる。
「この先には何がいるんだろうな……」
俺は薄暗い森の奥を見つめた。この異世界には未知の生物が数えきれないほどいるはずだ。そのすべてを喰らい尽くしていくことで、俺は強くなれる。そして、力を蓄え、この世界の頂点に立つ――そう決意して足を進めたそのときだった。
「――待って!」
不意に、どこからか声が響いた。俺は反射的に身構える。周囲に目を走らせるが、人の気配などまるでない。俺は霧を纏うために右手を上げ、再びあたりを睨んだ。
「ちょっと、落ち着いて! 私は敵じゃない!」
視界の隅から、何かが姿を現した。それは、長い耳を持ち、白銀の髪をたなびかせた少女だった。背丈は俺と同じくらいだが、その瞳には確かな意志と覚悟が宿っている。服装は動きやすい革の装備で、腰には小さなナイフが何本か吊るされている。彼女が現れると同時に、森の中に漂っていた緊張感が一気に高まる。
「……誰だ?」
俺は警戒しながら問いかける。少女は一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに口元に笑みを浮かべた。
「私はリリー。この森の奥で暮らしてる者よ。あなた、さっき……“喰らった”わね?」
その言葉に、思わず心臓が跳ねた。彼女は俺の能力を見抜いている……?いや、そもそもこの世界では、“喰らう者”は珍しくないのかもしれない。俺は動揺を隠しながら、あえて平静を装う。
「ああ、そうだ。それがどうかしたか?」
リリーはゆっくりと近づき、俺の目をじっと見つめた。その瞳には、どこか憐れむような色が宿っている。
「やっぱり……あなた、転生者ね?」
一瞬、言葉を失った。なぜこの少女が、俺が転生者だと知っている?何も言わない俺を見て、リリーは小さくため息をついた。
「この世界にはね、“喰らう者”が何人かいるの。でも、あなたのように急に現れて、その力を使う者は……だいたいが、外から来た人たちなのよ。」
「……なるほどな。じゃあ、お前はどうなんだ?“喰らう者”なのか?」
俺が問い返すと、リリーは首を振った。少し寂しそうな顔をしながら、彼女は続けた。
「私は違うわ。この世界で生まれ育った、普通の人間よ。でも、“喰らう者”のことは知ってる。だから……一つ、忠告させてほしいの。」
「忠告……?」
彼女の真剣な表情に、俺は言葉を飲み込む。リリーは少し間を置いてから、静かに口を開いた。
「“喰らう”ことは、この世界では確かに力を得るための方法。でもね、無闇に喰らい続けると……自分を失うのよ。いずれは、ただ力を求めるだけの“化け物”になってしまう……」
その言葉に、俺は一瞬、頭の中であの時の衝動を思い出した。獣を喰らったあと、湧き上がったあの抑えきれない欲望……。確かに、あれがエスカレートすれば、俺はただの喰らうだけの存在になるかもしれない。
「……だからどうしろって言うんだ?」
リリーは真っ直ぐな視線で俺を見つめ、毅然と答えた。
「選んで、喰らうのよ。自分が本当に必要だと思う力だけを、理性を持って喰らう。さもないと、あなたはこの世界でただの“食らい尽くす者”になってしまう……」
彼女の言葉は、胸に重く響いた。この世界では、喰らうことが力の源だ。だが、無差別に喰らい続けるだけでは、俺が何のために強くなるのか見失ってしまう。理性を持って、自分の力を見極めながら生きる――それがこの世界で生き抜くための真の方法なのか。
「……わかった。少し考えさせてくれ。」
俺はリリーから目をそらし、森の奥に視線を移した。未知の生物たちが潜むこの世界で、俺は何を喰らい、何を得るべきなのか。自分の心に問いかける。
「ふふ、素直ね。いいわ、私はあなたを見張らせてもらう。化け物にならないようにね。」
リリーはそう言って微笑むと、軽やかに森の中へ消えていった。俺はしばらくその場に立ち尽くし、心の中で整理をつける。確かに、この世界で生きるためには力が必要だ。そして、その力を得るには喰らうことが避けられない。
「だが、ただ喰らうだけじゃない……選んで、喰らうんだ……」
自分に言い聞かせる。これからの俺の生き方を決めるために。
「よし……」
改めて心に決意を固める。俺はこの世界で生き抜き、強くなる。そして、頂点に立つために喰らうのだ。だが、それは理性を持ち、自分を見失わないようにするための道でもある。
「次の獲物を……慎重に選ぶか。」