第2話:初めての“喰らう”実感
森の中、俺はしばらくその場に立ち尽くしていた。目の前にいた獣を“喰らった”あの感覚。あの瞬間、俺の手が黒い霧に包まれて、獣を飲み込むように消し去ったのだ。
「何だったんだ、今の……」
あまりにも現実離れしていて、どう理解していいのか分からない。ただ一つだけ確かなことがある。あの時、俺は「喰らえ」という言葉を口にした。そして、目の前の獣が消え、その後に自分の体に何かが満ちる感覚があった。
「喰らうことで……力を得るってことなのか?」
それしか考えられない。だが、実感がない。自分にどんな力が宿ったのか、どうやって確かめればいいんだ?
しばらく森の中を歩きながら、自分の体を確認する。少年のような見た目だが、筋肉は引き締まり、異様なほど軽い。動きも俊敏になっている気がする。次第に気持ちが落ち着いてくると、自然と腹の底から笑みが浮かんできた。
「なんだ、面白いじゃないか……」
どうやら俺は、この世界で生きるための方法を掴んだらしい。喰らうことで力を得て、この世界の頂点に立つ――そんな目標が頭に浮かぶ。だが、そのためにはまず力をつけなければならない。
「とにかく、次の獲物を探そう……」
森の奥へと歩を進める。ここは未知の世界だ。昼間だというのに、木々の間から漏れる光は薄暗く、不気味な気配が漂っている。サラリーマンだった頃には考えられないような危険な環境だ。だが、不思議と恐怖は感じない。むしろ、胸の奥から込み上げてくるのは興奮だった。
しばらく進むと、小さな川に出た。水は透き通っていて冷たそうだ。そこで一息つこうと腰を下ろす。その時、視界の端で何かが動いた。
「……何だ?」
そっと顔を上げると、川の反対岸に小さな生き物がいた。見た目はウサギに似ているが、毛並みは灰色で、尻尾が異様に長い。耳がピクリと動き、こちらを警戒するように見つめている。
「チャンス……!」
俺は無意識に体を低くし、右手を伸ばす。頭の中に再び声が響く。
『喰らえ……』
「よし、来い……」
心の中で念じた瞬間、またあの黒い霧が右手から広がった。ウサギのような生き物に向かって、霧が一直線に伸びていく。生き物は驚いて逃げ出そうとするが、霧はそれを逃さない。瞬く間に生き物の体を覆い、ゆっくりとその姿を霧の中に溶かしていった。
「これで……」
霧が晴れた時、そこには何も残っていなかった。生き物は完全に消え、俺の体に何かが染み込んでいく感覚がする。前回よりもはっきりと感じる。体の中に力が湧き上がるようだ。
『速さを得た……』
また頭の中に声が響く。どうやら、今喰らった生き物の能力を手に入れたらしい。瞬間的に体の動きが軽くなり、足に力がみなぎる。
「なるほど……こういうことか」
少し走ってみると、驚くほど速い。これがあの生き物の持っていた「速さ」だというのか。自分の体が明らかに強化されているのがわかる。
「ふふ、これなら……」
不敵な笑みが浮かぶ。喰らえば喰らうほど、俺は強くなれる。この力を駆使すれば、この世界で生き残るどころか、頂点に立てるかもしれない。心の中で野心が再び燃え上がる。
だが、その時だった。背後から聞こえる足音。振り返ると、茂みの中から二足歩行の獣が姿を現した。毛むくじゃらの体に鋭い爪、そして獰猛な赤い瞳――明らかに今までの獲物とは比べ物にならない強敵だ。
「……!」
瞬時に全身が緊張する。あの目つきからして、俺を“喰らおう”としていることは明白だ。この世界では、俺もまた「食われる」対象になる。それがこの世界のルールだ。
「面白い……なら、お前を喰らってやる!」
俺は戦闘態勢に入る。すでに手は黒い霧に包まれ、喰らう準備は整っている。ここでこいつを倒せば、さらなる力を手に入れられるはずだ。
獣が低い唸り声を上げ、こちらに飛びかかってくる。俺は霧をまとった手を振りかざし、獣に向けて勢いよく突き出した。
「喰らえ!」
黒い霧が獣を飲み込むように広がっていく。その瞬間、俺はこの世界で初めての本当の“喰らう”感覚を味わうことになる――。