第一話:「食べる世界に転生しました」
暗闇の中、ただ意識だけが漂っている感覚だった。体の感覚がない。手も足も、何も感じられない。意識だけが宙に浮かんでいるような奇妙な状態だ。そんな中、突然、頭に響く声が聞こえた。
「――あなたは死にました。」
その言葉に驚き、何か反論しようとしたが、口も声もないことに気づく。ただ意識が存在するだけ。次の瞬間、記憶が洪水のように頭に流れ込んできた。交通事故……そうだ、俺は車に轢かれて……。
「あなたの魂は次の世界に転生します。ただし、その世界には一つだけ特別な法則があります――『食べることで力を得る』という法則です。」
「食べることで力を得る……?」意味がよくわからない。何か質問したくても、言葉を発することすらできない。だが、説明は淡々と続いていく。
「その世界では、生物だけでなく、物でさえも『食べる』ことで力を蓄えます。そして『食べられる』ことを恐れながら生きるのです。あなたはその世界で、食べることで他者の能力を奪い、自らの力に変える存在――『喰らう者』として生きることになるでしょう。」
――理解が追いつかない。だが、その声が告げる言葉は、不思議と現実味を帯びてくる。「食べる」という行為が、この世界での力の源だと?混乱する意識は次第に闇の中へと吸い込まれていく。そして――
冷たい草の上に寝転がっていた。頭上には眩しいほどの青い空。見上げると、どこか見慣れない高くて密集した木々が生い茂っている。ここは……どこだ?
「うっ……」
体を起こすと、驚くほど体が軽い。自分の手を見ると、以前のサラリーマン時代のそれとはまったく違う。若返っている……いや、少年のような体だ。俺は一瞬、呆然とする。
「もしかして……これが転生ってやつか?」
状況を整理しようとしたその時、背後から草を踏みしめる音が聞こえた。反射的に振り返ると、そこには見たこともない生物が立っていた。体長1メートルほど、灰色の毛に覆われた、どこか狼のような姿。だが、目が異様に赤く光っている。
「ガウゥゥ……!」
低い唸り声を上げ、こちらをじっと見つめている。ヤバい、このままだと襲われる――!そう直感した瞬間、頭の中に声が響いた。
『喰らえ……』
「……え?」
確かに聞こえた。頭の中で誰かがささやくような声。それが本能に訴えかけるかのように、右手が自然と動き出す。手を広げ、目の前の獣に向けた。すると――
「喰らえ……!」
思わず口から漏れたその言葉と同時に、俺の手が黒い霧に包まれた。その霧は勢いよく獣に向かって伸び、瞬く間にその体を覆う。そして――獣の体が霧の中で溶けるように、ゆっくりと消えていった。
「……は?」
呆然と立ち尽くす。さっきまで目の前にいた獣が、まるで幻だったかのように消えた。な、何が起こったんだ……?
『喰らった……力を奪った……』
再び頭の中に響く声。それと同時に、体の奥底から何かが湧き上がる感覚があった。何だ、これは……。確かに今、俺はあの獣を“喰らった”……。
「そうか……これがこの世界の“喰らう”ってことか……!」
少しずつ状況が理解できてきた。この世界では、“喰らう”という行為が力を得るための手段なんだ。俺はその力を持つ存在、“喰らう者”として転生したのか……。
「じゃあ、俺はこの世界で生き抜くために、喰らいまくればいいってことだな?」
自分でも驚くほど、あっさりとこの異世界のルールを受け入れていた。確かに恐ろしい世界だが、なぜか胸の奥から興奮が湧き上がる。未知の力、未知の生物――この世界の食物連鎖を、俺がひっくり返してやる。そんな野心が心の中で燃え上がった。
「よし、まずは生き抜くために……手頃な獲物を探して、喰らって力をつけるか!」
こうして俺、早瀬誠二は異世界でのサバイバルを開始する。喰らうことで力を奪う世界で、“喰らう者”として何を成すのか――それは、これからのお楽しみだ。