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夏のホラーシリーズ

ウワサバナシ

作者: 紅蓮グレン

「人の噂も七十五日、なんだよね? あれから3年も経過してるんだよ? もういい加減下火になったってよくない?」


 私は虚空を見上げつつ悪態をついた。ここは私の家……とは言い切れないけど、取り敢えず所有物であり安息の地であり住んでいるところでもある。人間さんは【心霊スポット】とか好きだから、昔はよくここに人が来ていて、私はストレス溜まりまくりだった。ラップ音立ててみたり、ポルターガイスト現象起こしてみたり、危険を冒して人間さんの目の前に出て行ったりと色々やったんだけど、あんまり効果はなくて……それで3年前、私はついにキレた。そして、ここにやってきた4人組の大学生を見せしめとして……まあ、詳細は省くけどやっちゃった。ただの心霊スポットならまだしも、死人まで出たら流石に危険、って判断されるかな、って思って。結果その通りで、ここは立ち入り禁止になったし暫くは良かったんだけど……


「犯人に繋がりそうな遺留品も殺された証拠も何一つないから捜査打ち切り、って……もっと粘ってくれればいいのに。」


 結局、大学生たちは何らかの事件に巻き込まれたんだろう、ってだけでこの件は迷宮入り。規制も解かれてしまった。そうしたらもう大変。変な噂が色々たって以前よりも心霊スポットとしてこのお屋敷は有名になってしまい、国内外を問わず人がたくさん来るようになっちゃって……ここまで騒ぎになると、私が出て行くのはもちろんラップ音を立てたりするのも危ないから、侵入者が帰るまで私はお屋敷の一番奥の寝室のベッドで布団をかぶって蹲ることしかできない。


「私のお屋敷なのに何で家主の私が侵入者に気を遣わなきゃいけないんだろうね。全っ然笑えないけど。」

「短絡的な思考で殺しまくったお嬢様が悪いんですよ。言うなれば自業自得ってやつじゃないですか?」


 突然返答がしたから驚いて振り返ると、そこには青白く透けた女性がいた。この人は3年前の不法侵入者の1人にして、このお屋敷第一の犠牲者である元・大学生さんで、時たまこうしてやってくる。


「顔色悪っ……私より遥か後に死んでるんだから、もう少し血色よくてもいいんじゃない?」

「生憎と、お嬢様のせいで既に血は通っていませんので、無理な話です。」

「ふーん。この私に楯突くなんて、ずいぶんと偉くなったんだね、お姉さん? 私が勝者でお姉さんが敗者だ、って忘れちゃった?」

「ひっ……」


 私がじとーっとした視線を向けると、元・大学生さんはただでさえ青白い顔をもっと青白くさせた。


「ちょっとした戯れの冗談と睨みくらいででそんなに怯えないでよ。お姉さんがこっち側である以上、私にだってもう殺せないんだしさ。」

「……お嬢様の冗談は冗談に聞こえません。また、私にとってお嬢様に睨まれることは、死の直前に髪を掴まれ顔を強制的に上げさせられるのとほぼ同義でござりますれば、より青ざめるのも致し方ないかと……」

「私のことお嬢様扱いしてる割にちょいちょい生意気だよね、お姉さん。」

「お嬢様、私に構っている暇はございません。そろそろ……」


 元・大学生さんはちらっと自分の腕時計を見る仕草をする。と同時に、部屋の壊れた柱時計が鐘を鳴らした。


「あ、もう時間になっちゃったんだ。お姉さん、気が散るから出て行って。」

「……では、私はこれで。」


 元・大学生さんは私がしっしっと手を振るので少し嫌そうな顔をしていたけど、素直に出て行った。私はそれを確認すると、TVの電源を入れる。すぐにヒュードロドロという怪談でお馴染みの音楽が流れ、画面が暗転した後に口の端から血を流している男性が映った。男性の前にあるテーブルには、5本の蝋燭が立っている。


『この世を彷徨う魂の皆様、こんばんは。ホラーな噂で夏を涼しく、『ウワサバナシ』のお時間です。お相手は私、ユウヤミ・カスカが務めさせていただきます。』

「ふんふん、カスカさんは今日もクールだね。」


 ニヤッと笑いながら蝋燭に火を灯すカスカさんを私は見つめる。今日もカスカさんはかっこいい。


『本日も現世から遠く離れた特設スタジオからお送りいたします。さて、では本日最初の噂話。都市伝説としても知られる『見えてるくせに』です。』


 カスカさんは私でも思わずゾッとするほど綺麗な微笑みを浮かべると、ゆっくりと語り始めた。


『ある夏の日のことです。A子さんは渋谷の交差点で信号待ちをしているとき、道の反対側に不思議な女性を見かけました。長い黒髪で顔を隠しており、白い服を着ていますが靴を履いていません。幼い頃から霊的なものを見たり感じたりすることがあったA子さんは、直感的にその女性がこの世ならざる者だと気づきました。彼女の経験上、そういったものに関わるとろくなことになりません。無視しよう、と決めたその時、信号が変わりました。横断歩道を渡り始めると、不思議な女性もこちらに向かって歩いてきます。彼我の距離はどんどん縮まり、言いようのない不安に襲われたA子さんは何も見えない、何も聞こえない、と自分に言い聞かせました。向こうもこちらには気付いていないはず、と信じて。』


 カスカさんの語り口はだんだんと熱を帯びていく。身振り手振りを織り交ぜつつ、視聴者を引き込むこのトーク、最高。


『ふと気付くと、女性はA子さんのすぐ近くまで来ていました。髪の毛で相変わらず顔は見えませんが、こちらを見てはいないようです。A子さんはほっとしてすれ違いました。その瞬間、耳元で女性が言いました。『見えてるくせに』と。』


 語り終えたカスカさんは静かに口角を上げると、1本目の蝋燭の火を吹き消した。口元から滴る血が艶めかしさを演出し、カスカさんの魅力を盛り立てる。


『という訳で、本日最初の噂話、『見えてるくせに』でした。では続いての噂話。『心霊写真』です。』


 カスカさんの語りは続く。私はTVのボリュームを少し上げ、画面に近付いた。


『ある夏の日、心霊スポット巡りが趣味のB美さんは幼馴染のC子さんを誘って霊が出ると有名な山のトンネルに行き、写真を撮ってきました。すると次の日、C子さんが倒れてしまいました。B美さんがお見舞いに行くと、C子さんはあのトンネルが原因なのでは、と言い出しました。まさか霊の仕業な訳が、と思ったB美さんでしたが、あの日撮った写真を見ると、血の気が引きました。』


 語っているカスカさんの顔がさあっと青ざめる。いつ見てもすごい演技力だ。


『写真には笑顔のB美さんと、少し引きつった顔のC子さん、そして女性の生首が映っていました。途端に恐ろしくなったB美さんは、C子さんの体調が回復してから有名な霊能力者のところにお祓いに行くことにしました。そしてこの写真をお祓いしてください、とお願いすると霊能力者はちらっと見ただけで、これは呪いの写真や心霊写真のような類いのものではありません、と答えました。お2人にも悪いものは何も憑いていません、体調が悪くなったのは単純に調子が悪かっただけでしょう、と霊能力者は続けました。ほっとした2人はお土産にお守りを貰って帰路につきましたが、その途中でB美さんはとある恐ろしいことに気付きました。今日会ってきた霊能力者は今まで数々の人をお祓いしてきた、本当に霊力の高い素晴らしい能力者です。しかし、そんな人が心霊写真ではない、といったこの写真。ならばこの生首は……』


 カスカさんは声を低くして余韻を残すと、2本目の蝋燭を吹き消した。


『さて、2つ目の噂話、『心霊写真』でした。どんどん参りましょう。3つ目の噂話、『逆拍手』です。』


 カスカさんは自分の顔に下から懐中電灯の光を当てる。ただでさえ不気味な表情がクローズアップされ、こちらの恐怖心を煽る。それなのに見とれちゃうほどかっこいいんだから、カスカさんは凄い。私はまたTVの音量を上げると、さらに画面に近付く。カスカさんと見つめ合っているようで、もう久しく動いていない心臓が早鐘を打っているような、もう久しくしていない呼吸が荒くなったような感じがした。


『D男さんとE子さんは心霊スポットが大好きなカップルです。ある日の夜中、いつものようにD男さんはE子さんを誘って、車でとある山奥の心霊スポットに向かいました。しかし、心霊スポット直前で些細なことから2人は喧嘩になってしまい、怒ったD男さんはE子さんを置いて1人で帰ってしまったのです。さて、少し車を走らせていると、D男さんはだんだん頭が冷えて冷静になってきました。そして、あんな山奥に1人で置き去りにしたことを後悔し、慌てて引き返してE子さんを迎えに行きました。しかし、E子さんを降ろしたはずのところにE子さんはおらず、D男さんは車を降りてスマートフォンのライトで周囲を照らしながらE子さんを探しました。すると、斜面を少し下ったところにある川のそばでかがみ込んでいるE子さんを見つけました。慌てて駆け下り声をかけ、何をしているのか聞くと、動くのは危険だと思ったけれど、喉が渇いたから川の水を飲もうとしていた、とE子さんは答えました。D男さんは持ってきていた水筒をE子さんに渡すと、置き去りにしたことを謝りました。E子さんは何度か頷くと、自分もあんな些細なことで怒って悪かった、と謝罪しました。こうして仲直りした2人は斜面を登って車に戻りましたが、どうせここまで来たからには、と心霊スポットまで行くことにしました。その心霊スポットはトンネルで、車で中に入ると二度と出られない、と言われています。しかし特に何も起きず、やはりこんなものか、と思っていると、どこからか、『おーい、おーい』と呼ぶ声が聞こえてきました。ふと見ると、少し先で手を振っている子供がいます。D男さんがそちらへ車を進めようとすると、E子さんが慌てて止めました。あの子に近付いちゃ駄目、と。』


 カスカさんが緊迫した表情で女性の声真似をしつつこちらを見つめる。また動いていないはずの心臓の拍動を感じた気がした。


『D男さんはなぜ近付いてはいけないのか、とE子さんに聞きました。E子さんは、あの子は手の甲をこちらに向けて振っている、と言い、普通と反対の行動をするものはこの世のものじゃない、逆拍手ってあるじゃない、と続けました。逆拍手とは手の甲を打ち合わせてする拍手で、賞賛ではなく相手を呪うための所作です。確かによく見ると、まだ『おーい、おーい』と呼んでいる子供は手の甲をこちらに向けています。これはまずい、と思ったD男さんはすぐにバックしようとしましたが、E子さんはバックは危ない、バックするのも普通とは逆の行為だからUターンした方がいい、と青い顔で言い、焦ったようにD男さんの肩を叩きます。その行為はD男さんの背筋を凍りつかせるのに十分すぎるほどでした。そう、手の平ではなく手の甲で肩を叩く彼女の行為は……』


 カスカさんはフーッと大きく息を吐きつつ3本目の蝋燭を吹き消し、懐中電灯も消す。そして残った2本の蝋燭に顔を近づけた。


『さて、今宵も暗くなって参りました。ここから悍ましさはグレードアップ、4つ目に参りましょう。背筋も凍る怖い噂、『あいつが来る』です。』


 カスカさんの顔がアップになった。蝋燭2本以外に何も光源がないスタジオは暗く、不気味で心地よい雰囲気を醸し出している。


『ドライブが趣味の大学生のF男さんには一つ困った癖がありました。それは、無断駐車を繰り返してしまう、というものです。駐車場が空いていなかったりすると、誰もいないから、と悪魔に囁かれるのか、ついつい無断駐車。それを何十回と繰り返していました。ある日、いつものように夜のドライブに出かけ、とある映えスポットに着いたF男さんは悪いこととは知りながらも無断駐車をして車を降り、写真を撮影しました。そして、車に戻りエンジンをかけたとき、ふと後方から視線を感じました。ミラーを見ると、真っ黒な顔に目だけを爛々と光らせた不気味な人と鏡越しに目が合ってしまいました。恐ろしくなったF男さんは慌てて発車し、道路交通法など知ったことかとでも言うように必死で車を走らせました。家に辿り着いても恐ろしさが忘れられないF男さんは、着替えもできずに布団をかぶり朝まで震え続けました。しかし翌朝、スマートフォンでニュースを閲覧したF男さんは、昨日の人影の正体を知りました。それは映えスポットの近隣住民が作った人間大の人形で、無断駐車が繰り返されるのを迷惑に思って不気味な人形を設置したとのことでした。F男さんは怒りを覚えましたが、それと同時に深く安堵もしました。』


 カスカさんはフーッと大きく溜息のように息を吐く。2つの蝋燭の火がユラユラと揺れ、カスカさんの顔の陰を歪める。こんな所作すらも綺麗で艶めかしくて妖しくて……ああっ、やっぱり最高!


『この一件の後、F男さんは研究や考査で忙しくなりドライブに行く暇もなく、いつの間にか不気味な人形のことなどすっかり忘れてしまいました。それからしばらくして、ようやく暇ができたF男さんは、久しぶりにドライブに行くことにし、とある映えスポットへ向かいました。そして、またしても無断駐車をした際、何か視線を感じました。その瞬間、以前無断駐車をした時のことを思い出したF男さんは、どうせ前と同じ人形でもいるのだろうと思い、チラッとミラーを見て爛々と光る目を見ても大して驚きも怯えもせずに車を降りました。それが最大の過ちであることなど、微塵も考えずに……』


 カスカさんは妖しげでとても直視できないような笑みを浮かべる。その表情はとてもこの世のものとは思えないほど恐ろしくて綺麗で素敵で……ああ、もう成仏してもいいかも……


『しばらく撮影を楽しみ、帰路についたF男さんは高速道路料金所の近くで、ふと視線を感じた気がしました。ミラーに目をやると、先ほどと同じように爛々と目を光らせた黒い顔の人形がたたずんでいます。料金所の近くだというのに、こんなところにも無断駐車する輩がいるのか、とF男さんは自分のことは棚に上げて思い、ふと不思議な感覚を覚えました。真っ黒な顔に爛々と目を光らせているアレは人形のはず、でもそれならミラーに映るのはおかしいのではないか、と。なぜならミラーには車の真後ろにあるものしか映らない、ならば人形は真後ろにいるのだからミラーに映る前に前方にいたはずの人形はどんな状況であろうが必ず視界に入っているのです。F男さんは急に恐ろしくなって、高速道路に入るとアクセルを踏み込み、一気に速度を上げました。そしてミラーを覗き、映るはずのないものを見てしまいました。それはあの目を爛々と光らせた人形。無断駐車をしたときに見かけたのと全く同じ距離を保ち、ずっと車の後ろを追ってきているのです。F男さんがスピードを落とせばその人形もスピードを落とし、F男さんがスピードを上げれば人形のスピードも上がる。彼我の距離は詰まりも離れもせず、ずっと同じままです。』


 ここまで語ったカスカさんはすっと顔を下げ、真っ黒なお面をつけた。とんでもなく悍ましくて不気味で、でも隠しきれないカスカさんのカリスマオーラが滲み出ていて、言葉では言い表せないほどで……もうこの話もクライマックスだろうけど、終わって欲しくない。


『家に帰れば着いてくるアレに家を知られてしまう。しかし走り続けるわけにもいかない。ガソリンが尽きたら補給しなければならないが、車から降りる勇気もない。F男さんにできることはただ高速道路で必死にアクセルを踏み込むことだけでした。恐怖に駆られた状態でスピードを出せばどうなるかなど自明。トンネル内のカーブでF男さんはハンドル操作を誤り路肩に激突。車は大破し、F男さんはシートベルトをしていたにも関わらず割れたフロントガラスから車外へと投げ出されました。仰向けに倒れ、動くこともできないF男さんの目に映るのは、相変わらず目を爛々と光らせたナニカ。こちらをジッと見つめる視線と全身を襲う痛みに耐えきれず、F男さんは気を失いました。幸いにも後続車に気付かれて救急搬送され一命は取り留めましたが、あの視線をF男さんは忘れられず、今でも眠るたびに魘され、うわごとのように呟くそうです。『あいつが来る、あいつが来る』と。』


 4本目の蝋燭が吹き消される。最後の1本に灯った炎がその余波を受けてユラユラと揺れ動き、儚さを演出する。これが消えたらこの時間も終わり。せめて最後までカスカさんのご尊顔を拝もうと、私はこれ以上ないほどTVに近づき、ジッと画面に目を凝らす。一挙手一投足はもちろん、瞬きの1つまで見逃さないように。


『さて、今夜もお別れの時間が近くなって参りました。では今日一番の恐ろしい5話目へ……といきたいところですが、本日の5話目はいつもと少し違います。5話目、『妖しい手紙』です。』


 カスカさんは徐に封筒を取り出した。色はピンクで、ハートのシールで閉じられた横長の封筒だ。カスカさんは封筒の端を切り、中から便箋を取り出すと開いて語り始めた。


『本日、この番組に初めて視聴者の方からお便りが届きました。ということで、こちらのお便りの内容を5話目にさせていただきます。』


 カスカさんは真剣な面持ちで便箋を開く。その便箋の端っこに描かれた白黒の模様がちらっと見えた瞬間、私の胸は心臓どうこうなんか全く関係なしに、明確に高鳴った。間違いない。アレは私のお便りだ。


『『カスカさん、こんばんは。』こんばんは。『いつもカスカさんの番組を楽しく拝見しています。』ありがとうございます。『私は【洋館の少女】です。私の洋館では3年前、不可解な事件が起きています。いつも不思議で悍ましい噂話を語ってくださるカスカさんのことですから、この情報だけで私のことが思い当たると思います。』もちろん、存じ上げております。大学生が4人別々の場所で遺体となって発見された事件。あの件で噂された、少女の幽霊さんですね。『噂話が大好きな私がこんなことを言うのは憚られるのですが、最近洋館が人間さんたちにも取り上げられて困っています。』確かに、死人が出ている肝試しスポットとして洋館は少し前に取り沙汰されていましたね。しかし怖がられるのは本懐のような気もしますが。『人間さんたちが怖がってこないならそれでいいんです。私があの事件を起こしたのも、それを狙ってのことなので。でも、こんな展開になるなんて完全に予想の範疇を超えていて……』なるほど、怖がられるのはいいが、それを聞いて面白半分や興味本位で肝試しに来られて困る、ということですね。『もしかしたら、噂話があまり怖くないので見に来る人が多いのかもしれません。なので、カスカさんにお願いがあります。私の洋館で起きた事件の詳細をお話しするので、それを目一杯脚色して、それを聞いた人間さんたちが怖すぎて夜も眠れないようなものに仕立て上げ、この番組で語ってもらえませんか?』ふむ……目一杯脚色ですか……』


 考え込むカスカさんを固唾を飲んで見つめる。この思いよ届け!


『こうまでお願いされては噂の語り手としてお受けしないわけには参りませんね。洋館の少女さん、あなたの洋館の噂、このユウヤミ・カスカが悍ましくドラマティックに脚色し、『牛の首』のごとき恐ろしい噂として語らせていただきます!』


 カスカさんが宣言してくれたので、私は天にも昇る心地になって実際昇天しかけてしまった。危ない危ない。最低でもカスカさんが私の洋館のお話をどう改変してくれるのか確認するまで、成仏するわけにはいかないからね。


『では洋館の少女さん、噂の詳細を確認させていただきたいので、来週スタジオにお越し下さい。詳しいお話はその時に。ということで5つ目、『妖しい手紙』でした。』


 最後の蝋燭が吹き消され、画面の向こうが暗転する。少しすると、火が消えたはずの5本の蝋燭全てがいきなり燃え上がり、またカスカさんが画面に現れた。毎度のことながらこの演出も最高すぎる。


『それでは最後に今回のゲストをお呼びいたしましょう。1話目『見えてるくせに』の交差点の幽霊さん、2話目『心霊写真』の生首さん、3話目『逆拍手』のE子さん、4話目『あいつが来る』のあいつさんです。どうぞ!』


 カスカさんが拍手をすると、画面脇から白い服に裸足で顔を髪の毛で隠した女性、血みどろの女性の生首、大学生くらいのかわいらしい女性、そして真っ黒な顔に目だけが爛々と光ったお面のようなものが出てきた。


『カスカさん、お招きありがとうございます。もはや都市伝説となって久しい私の話を取り上げていただけるなんて思いませんでした。』

『私もです。現物なのにまさか心霊番組で語っていただけるなんて……』

『同感です。まあ、あのときの私はまだ自分が死んだことには気付いていなかったんですけどね……あのあと彼に塩を撒かれて本気でビビって、そのとき初めて死んでるんだ、ってわかりました。』

『あの無断駐車野郎の家を突き止められなかったことだけが心残りですが……ま、あいつは罰を受けましたし、今もまだ呟き続け。ざまあみろです。』


 カスカさんが語った噂話のホラー担当の霊が最後にゲストとして登場し、一言ずつ述べるのは恒例だ。今回は私のお手紙が最後だったので4人だけど、いつもは5人いる。


『こちらこそ、語らせていただきありがとうございました。では、この世を彷徨う魂の皆様、また来週の丑三つ時にお会いいたしましょう。『ウワサバナシ』、お相手はユウヤミ・カスカがお務めいたしました。』


 カスカさんは10人いたら10人とついでに2、3人は振り返るくらいかっこよく笑うと、5本の蝋燭の炎を一気に吹き消した。カスカさんだって亡くなってから相当経ってるのにあの肺活量、信じられない。呼吸してるんじゃないか、と疑ってしまうくらい。


「はあ、でもやっぱりかっこいいなあ……」


 暗転したままのTV画面を見ながらうっとりと余韻に浸っていると、それをぶち壊す声が聞こえてきた。


「お嬢様、幽霊が幽霊に陶酔して何か意味があるのですか?」

「邪魔しないでよ、お姉さん。今カスカさんの余韻に包まれてるんだから。」

「毎週毎週、よく飽きませんね。口の端から血を垂らしている男なんてハロウィンに渋谷に出ればいくらだっていますよ。」

「私はお姉さんみたいな不真面目パリピ大学生じゃないから、ハロウィンなんて知らないよ。それに、カスカさんは私と同じ存在だからいいんじゃない。人間さんに陶酔する方が無意味だよ、絶対叶わないんだから。まあ、まだなりたてのお姉さんには分からないのかもしれないけど。」

「一応お嬢様に殺害されてから3年経過していますが……」

「3年なんてペーペーと同じだよ。私たちの基準で言えば200年、300年だって珍しくないんだから。」


 私はそれだけ言うと目を瞑ってカスカさんを思い浮かべ、また悶える。


「はあ……噂が広まるのを嫌がっているというのに、発信力のあるものに発信させたら余計広まると言うことくらい理解できるのでは、と思っていたのですが……お嬢様はその程度のことも理解できないほど頭が弱いのですか?」

「幽霊が出ること分かってるくせにお札もお経も数珠も、塩すら準備せずにのこのこ入ってきた、脳がゆるゆる大事件なお姉さんにだけは言われたくないね。それと、カスカさんに頼んだのだって一応考えあってのことだし。カスカさんに会いたい、っていうのが一番だけど。」

「はあ、考えですか?」

「カスカさんは『牛の首』考案者だからね。聞いたらあまりの恐ろしさに3日以内に死んでしまうような怪談考えられる人に脚色してもらった噂なら、広まったところで流石に怖すぎて来る人も減るでしょ。カスカさん自身はあまりにも人を死なせすぎたから罪悪感で自殺しちゃったみたいだけど、やっぱり語り好きなところは抑えられないんだろうね。番組でも『牛の首』自体は封印してるみたいだけど。」


 カスカさんの番組を見られる存在なんてカスカさんが言うとおり、『この世を彷徨う魂の皆様』くらいなんだから人間さんに気を遣う必要なんかないのに、カスカさんはそういうところも紳士だ。


「さてと、じゃあ私はまだやることあるから、誰か来たら対応よろしくね、お姉さん。」

「……許容はどこまででしょうか?」

「お屋敷の最奥に誰も近付かないようにしてくれればいいよ。私が求めるのはそれだけ。やり方は任せるから、適当にやっといて。」

「……丸投げですか。」

「文句でもあるの?」


 私がギロッと睨めつけると、元・大学生さんは硬直して首を横に振った。やっぱりまだまだド素人幽霊だな。


「ほら、分かったら出て行って。私はこれからラジオで『ウワサバナシ』の第2部聴いて、それ終わったらカスカさんの余韻に包まれたまま休憩するんだから。邪魔しないでね。」

「……では、私はこれで。」


 元・大学生さんは一礼して出て行った。私はそれを確認すると、ラジオにイヤホンをつないでスイッチを入れる。すぐにヒュードロドロという怪談でお馴染みの音楽が流れ、一瞬の静寂の後柔らかなテノールの声が聞こえ始めた。


『この世を彷徨う魂の皆様、こんばんは。ホラーな噂で夏を涼しく、『ウワサバナシ』第2部のお時間です。お相手は私、ユウヤミ・カスカが務めさせていただきます。』


 はあ、声を聴くだけで幸福感に包まれる。何度聞いても『ウワサバナシ』は最高だね。

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