六七話 『和平、そして…』
シィネ 「テペリア総督。ここにサインを」
テペリア 「…」
一瞬たじろいだが、かぶりを振って書面にサインする
テセラ 「…」
俺は、小さくため息をつき、その成り行きを見守った
双方合意の元、互いに武器を下ろし、書面を交わす
『話し合い』によって、決定された事柄は以下の通り
○B地区はテペリア総督の宗主権の下、人間族の自治権を認めること
○テセラの身体は、その自由意思に基づいて決定されること
○D地区ないし、D地区ゲリラとの決別
○相互不可侵
主にこの四つである
一番目の条文の『宗主権の下』という節は、かなりの議論を巻き起こした
しかし、これはある意味ではB地区の保護にも繋がるだろう
あくまでも、テペリア総督の『特別な恩赦』によって、自治権を与えるという互いの面目を保つために必要な節であった
また、安易にテペリアを総督の座から引きずり落としたとしても、他の地域からの介入で、約束が反故にされてしまう可能性があるために、テペリアが総督のままなのは望ましかった
三番目の条文は、テペリアとシィネルガシアが強行に求めた結果である
かねてより、人間居住地域の相互の連携は、天使族の悩みの種であり、これを機にそれを一掃すべきと考えたのだろう
俺はヤマトたちが、この条文に反対すると思ったが、何の抵抗もなく受け入れた
つまるところ、D地区を見捨てさせる代わりにB地区に自治権を与えると言ったところでは無いだろうか
………
……
…
書面の交換が、終わりゲリラと天使族同士のぎこちない交歓が始まる
テペリアは、早々と退席し、どこかに行ってしまったようだが
テセラ 「おい、シィネ」
シィネ 「…なんだ」
テセラ 「お前は…この結果にどう思う?」
シィネ 「どうもこうも…テペリアの指示に従う他あるまい」
テセラ 「いやいや、さっきまで偉そうにテペリアに説教してたくせに」
シィネ 「…」
「まあ、そうだな…強いて言うならば、『ぱわはら』が厳しい、テペリア総督に仕返しをしたかった」
いたずらっぽい笑みでそう言う
だが、それは話の本質ではない
テセラ 「人間と天使族の共存についてはどう思っている?」
シィネ 「…さてね。どうだろうか」
最後まで、シィネの本音を聞くことは出来なかった
………
……
…
D地区、大広間
ここで、一大イベントが執り行われようとしていた
執行者は、テペリア軍
そして、内容は公開処刑であった
マサムネ 「…」
ご丁寧に、簡易的に作られた断頭台の上に立つ
D地区ゲリラは敗北した
D地区の要所を占領され、10年掛けて拡大してきたD地区ゲリラは呆気なく壊滅した
天使族 「これより、叛逆の罪によって、D地区非合法組織の長、マサムネを処刑する!」
(オオォォォッ!)
周囲に集まっていた大衆から、歓声が沸き起こる
処刑は庶民の娯楽と言ったところだが、まさか自分がその見世物になるとは思わなかった
それも、自分が助けてきたと信じてきた、D地区の住民からの仕打ちだと思うと、泣きたくなる
「首をここに置け」
マサムネ 「はいはい…」
抵抗する気も起きず、頭を鎌のすぐ真下に据える
「ん…?」
『ガガガガッ…』
広間に設置されてある、スピーカーからノイズが走る
このスピーカーは、天使族のプロパガンダなどに使われてはいたが、そこまで頻度は多くなかった気がする
テペリア 『あー、聞こえるか。この地を治めているテペリアだ』
『これから、テペリア総督府領全人民に向け、重要な宣言を行う』
『1度しか言わないから、良く聞いてほしい』
『昨日の未明から、D地区で大規模な反乱が起こったことは君たちの知る限りだと思う』
『そして、あろうことかこの鎮圧に協力してきたのが、B地区の連中であった』
『そのため、B地区は私の恩赦によって、特別な地位と自治権を付与することに決定した』
(ざわ…ざわ…)
マサムネ 「な…っ!?」
広間の大衆に困惑と、動揺が走る
大多数の不明の者は、『なぜ今このタイミング』と疑問に思っているだろうが、俺は正確にその真意を掴んだと思う
つまるところ、D地区はB地区自治権付与のための、『ダシ』にされたのだ
コダイの不可解な行動が今、理解できた
テペリア 『そして、この共同宣言のB地区代表、ヤマトとコダイには感謝を送りたい』
マサムネ 「はは…」
乾いた笑い声を出す
最初から、俺は信用されてなどいなかったのだ
優秀な部下にも、寡黙で開明な右腕にも裏切られた
だが、なぜだか悪い気はしない
人間族による自治は、俺の…俺達の10年来の悲願であり、どんな形であれ、それが達成されたのだから
「ははははははッ!」
かき乱された憎悪と喜びが、発声という形で発露する
そして、俺は命を絶った
………
……
…
そして、数ヶ月後
テセラ 「…」
俺は、B地区の大通りを歩く
この街は、変わりつつある
バラック小屋は順次破壊され、堅牢で暖かな木製、もしくは鉄筋コンクリートで整備されようとしていた
B地区は自治権を手に入れた
それは、自分の手で何かが決定できるという、随分と贅沢なものだ
それを10年前の俺達は失念したのかもしれない
こんなにも素晴らしく、何者にも代えがたいものを当たり前だと思っていたのだから
ふと、見覚えのある暖簾を見つけたので、中に入り、奥にいる男に声を掛ける
「親っさん、ラーメン1丁」
男 「はいよ」
食料の流通量も、比べ物にならないほど多くなった
少なくとも、『飢えること』はないだろう
経済のことはよく分からないが、もともと工業製品が盛んだったために、産業が復興し、輸出で外貨を稼ぐようになったと聞く
勿論、その貿易相手はテペリア総督府領ではあるが
テセラ 「それにしても、親っさんがラーメンを始めるとはな…」
男 「意外か?元々これで稼いでたんだから必然だと思うが」
勿論、『死神稼業』なんて、野蛮なものは順次解散し、その筆頭格だった親っさんはラーメンなんかを営んでいる
「ほらよ。ラーメン1丁」
テセラ 「…中に入ってるチャーシューって人肉じゃないよな?」
男 「バカ言え。ちゃんとした豚肉だ。仕入れるのに苦労したんだぞ?」
テセラ 「冗談だ」
?? 「私にも良いかな?」
暖簾からまた一人、誰かが入ってくる
男 「はい!らっしゃ…」
その姿を見た途端、声が途切れる
テペリア 「おや、天使族は入ってはいけないルールだったかな」
テセラ 「テペリア…」
それは、数ヶ月前に死闘を繰り広げた、天使族だった
「何の用だ」
テペリア 「いやいや、巷で美味しいと噂のラーメンとやらを食べに来ただけだが?」
テセラ 「…」
テペリア 「隣に失礼するよ」
有無も言わせず、不躾に隣に座ってくる
「にんにくラーメンチャーシュー抜きで頼む」
男 「あ、あぁ」
一瞬放心状態にあった親っさんが我に帰り、作業を再開する
テペリア 「最近、調子はどうだ?」
キセルを蒸しながら、そう切り出してくる
テセラ 「…それはこっちのセリフだ。こんな所でフラフラしていてもいいのか?」
テペリア 「問題ない。殆の公務は、シィネに投げてある」
テセラ 「…それはそれでどうかと思うが」
シィネに聞くところによると、一度副総督の座から解任されていたらしい
だが、テペリアが再び気変わりしたのか、シィネを再度登用、副総督として多忙な日々を送っているらしい
テペリア 「私も公務をしたいのは山々なのだがな、最近身体の震えが止まらないんだ」
そう言って、ブルブルと震える掌を見せてくる
その掌からは、ほんのりのアヘンの香りがした
テセラ 「…アヘンがお前を蝕んでいるじゃないのか?」
テペリア 「そうなのだろうか?私にも分からない」
そう言いつつ、ふたたびキセルを蒸す
天使族は代謝能力が人間とは比べ物にならない
そのため、中途半端な薬物は効果が無いはずだが…
ちらりと、片方の手で持っているアヘンが入っていると思われる巾着を見た
『made by JIRO』確かにそう書かれてある
テセラ 「…」
テペリア 「1年前くらいからだろうか?どうも判断能力が鈍っている気がするのだ。それに、感情が上手くコントロール出来ない」
それは、薬物の末期症状そのもので…
「…下らない話をしてしまった。また会おう」
そう言うと、ゆっくりと立ち上がりふらふらと去ってしまった
男 「あ、お客さん!ラーメンは!?」
飯を食べながら考える
B地区は確かに自治権を得た
生活も次第に向上しつつある
だが、これは偽りの平和に過ぎない
テペリアが気変わりしたら?総督が変わったら?
再び、B地区は戦火に巻き込まれるだろう
テセラ 「それでも構わない」
つい口走る
人間が戦いの末、勝利を勝ち取ったという事実は、今後B地区が滅びても無くならないのだから…
………
……
…
嫌な夢を見ていた
我が始めて『血を流した』夢
それは、恥辱に塗れ、絶望的で、救いがない
この心の傷は、我が死ぬまで無くならないだろう
?? 「ふわ…」
欠伸をしながら、ベットから出る
窓の向こう側には、端正に整備された芝生と鳥のさえずりが聞こえる
我は、『紫』の髪をはためかせ、部屋を出る
天使族 「おはようございます。女王陛下」
女王陛下 「ああ、おはよう」
天使族 「今日は…ご機嫌が少しよろしいようで?」
女王陛下 「そうかもしれないな」
毎日、悪夢にうなされ、泣きはらし、目元が赤いのだから、それよりかはマシだということだろう
「今日は、嫌な夢も見たが、良い夢も見た」
まるで、無邪気な子供が、母親に駆け寄るかのような表情を浮かべる
「我の愛しい娘が『覚醒』したのだ」
プロローグ完
to be continued…
約半年間、ご愛読ありがとうございます
『祈り堕天使』はここで、一旦の区切りとさせて頂きます。
プロフィール欄にもある通り、これをビジュアルノベルの原本としてゲーム制作をする予定です
伏線やらなんやらの多くも回収出来ていないので、再び書き始める時があるかもしれません(というかあります)
しばらくは、今までに書いた文章の推敲を行おうと思うので、新作は『another』の方をご覧ください
なるべく早めに更新します…




