六四話 『和平(1/3)』
テセラ 「…」
生暖かな風が俺を包む
だが、その風は決して不愉快ではない
例えるならば、自分が、母親の腕に抱かれている…そんな感覚だった
俺は…俺は…一体どこにいるのだろうか
そもそも意識の所在すらも詳らかではない
現実と幻想の境目を行き来しながら考える
このまま身を委ねてしまいたい、もっと眠っていたい
だが、起きなければならない
夢はいつかは覚めてしまうものだから…
………
……
…
テセラ 「…」
ゆっくりと目を開ける
「…ッ!」
最初に見たものに目を疑う
それは、この世の地獄だった
地震が、天変地異が起きたかのように眼下には瓦礫の山が広がる
そして、その瓦礫にこびりつくように滴る『紫』の液体
なによりも、それを見下すように羽ばたいている自分に驚いたのであった
「浮いてる…?」
俺は、ナナシと共に航空機に乗って、それから…撃ち落とされたのでは無かったのか
ではここは、天国か地獄か…?
天使族 「神聖なるアクロポリスをよくも…っ!」
突如、視界に映る一つの影
彼女は、剣を構え俺に突き立てる
テセラ 「うわっ…やめッ!」
銃はおろか、ナイフすら持っていない
俺は本能的に、両手で顔面を守る
(ガキッィィン!)
だが、恐るべきことに、肌を曝け出した腕が貫かれることはなく、逆に相手の剣が折れる
そればかりか、相手は反動でズタズタになり、墜落するのだった
「これは、現実なのか…?」
そして、この生々しい感触は、ここが現世であることを証明するようであった
「うッ…」
正気を取り戻すと、突如として頭痛が俺を襲う
まるで、ラジオのチャンネルが合わないかのように、高周波のようなものが俺を苛む
「なんだ、これは…」
「俺を、呼んでいるのか…?」
直感的にこれの発生源が分かる
正面に威風堂々と佇む、アクロポリスの中で最も大きな施設
総督府が目の前にはあったのだ
テペリア…と言ったか?
奴が、俺を呼んでいる
………
……
…
テペリア 「クククッ…はははッ!」
いつになく、歓喜の笑みを浮かべてしまう
こんなにも喜びの感情が俺を満たすのは、シィネルガシアを失脚させた時以来では無いだろうか
周囲の部下達は、煩いご高説を言ってくるが、今日限りは気にもならない
天使族 「総督ッ!」
「ここはもう危険です!もう正面にまで、あのバケモノが迫っています!今すぐ退避を…!」
テペリア 「よい、その必要はない」
天使族 「はぁ?では、D地区ゲリラ防衛に当たっている一個師団の一部を抽出して、防衛に充てるとか…」
テペリア 「よい、それも必要ない」
天使族 「では、どうするおつもりなのですか!そもそも、シィネルガシア閣下の警告を聞いていれば、こんなことには…」
テペリア 「煩い」
正面に立っていた部下の首を撥ねる
「私の前で、シィネルガシアの話題を言うな」
「…まあ、死人に言ったところで詮なき話だが」
天使族 「…」
テペリア 「お前には、あの神々しさが分からぬか」
窓から、ちらりと『奴』を眺める
歪んだ羽に、禍々しい魔力
我々とはまるで正反対の存在のようだが、どこか懐かしい感覚を覚える
それは、私の母親にそっくりで…
「女王陛下、貴女なのですか…」
我々天使族が持つ、独特の波長
まるで、複数の群体が一つの体を構成するように、我々は未知の何かで繋がっている
そして、『奴』の波長は、女王陛下の前で感じ取れる、力強く独特の波長なのだ
「どこかの人間族が言っていたのを思い出したよ」
「『話せば分かる』…と」
『奴』は敵ではない、事を構える必要などどこにも無いのではないか




