五六話 『故郷』
一夜明けて人が起き始めようとする頃、俺達は足早にD地区のとある場所に向かう
テセラ 「うー、眠い…」
ヤマト 「すまないな、流石に3、4時間睡眠じゃ疲れと取れないか」
テセラ 「まあな」
「でも、寝床を譲って貰ったんだ。感謝している」
ヤマト 「当然だ。婦人を大切にするというのは、ゲリラ…一人の男として当たり前だ」
「どうしても眠いなら、目的地で少し仮眠でも取ろうか」
「頭領と会うのは、今日の深夜だからな。余裕はあるだろう」
D地区に到着した後、我々はD地区にあるゲリラの隠れ家に泊まった
本当ならば、マサムネもいるであろう、本部まで行くべきだが、身分確認が厳重らしく、『明日にまた来てください』と門前払いをされてしまった
折角ヤマトが直々に来ているというのに、頭の硬い連中だ
まあ、それだけならまだ良いのだが、あてがわれた部屋にベッドが一つしか無かったために、そこを巡って紛糾した
ヤマトは俺にベッドを譲り、俺はナナシにベッドを譲り、ナナシはヤマトにベッドを譲り…と
そんな不毛な言い争いをしているうちに数時間が経ち、寝不足になってしまった
ちなみに、今はナナシがベッドで爆睡しているだろう
テセラ 「それにしても、久しぶりに行くな。『あそこ』に」
ヤマト 「そうだな。俺も直近3年は来ていない」
テセラ 「変わりは無いか?あそこは」
ヤマト 「…10年前と変わらない。あるがままに保存がされているよ」
「少し、倒壊が進んだ程度だろうか」
テセラ 「そうか…」
………
……
…
ひび割れたアスファルトを踏みしめながら、俺達は森の中に進んでゆく
そして、しばらく歩いた頃、目的地が顕になってくる
割れたガラス、草の生い茂った広々とした庭、もう今は動かない遊具
ここには、俺達の青春があった
ヤマト 「着いたぞ、俺達の『孤児院』に」
テセラ 「…っ」
感嘆の溜息を漏らしてしまう
孤児院には良い思い出など無かったが、やはり生まれ育った所というのは得も言えない感情を沸き上がらせるものらしい
ヤマト 「俺達の部屋も見てみるか?」
テセラ 「…そうだな」
………
……
…
テセラ 「…」
思わず立ち尽くす
俺の部屋も10年前のまま保存がされていた
本棚には溢れんばかりの哲学、歴史、法学の蔵書がされてある
キャパオーバーだったのか、床にも乱雑に積み上げられていた
そうか…当時の俺は、本を介してのみ生きていたのか
そして、昔の俺はどのようなことを考えて、何を糧に生きていたのだろうか
部屋は10年前のままなのに、思考はそれに追いついてない
「…ん?」
ふと、机から1冊のノートを取り出す
表紙には、『私以外の人間が開くのを禁とする』と書かれている
正直全く覚えていないが、本人なんだから読む権利はあるだろう
「…」
「ふふ…っ!」
中身は…うん、黒歴史みたいな内容だった
当時の俺は創作活動にも勤しんでいたらしかった
当時の自分の思考はもはや読めないが、案外何も考えていなかったかもしれない
そう考えると気が楽になった
………
……
…
ヤマト 「どうだ、テセラ?自分の部屋は」
テセラ 「特に変わらずといったところだ」
「お前はどうなんだよ?」
ヤマト 「俺も変わっていなかったな」
「金箔のトロフィーは誰かが盗んでいたかもしれないと思っていたが杞憂だった」
テセラ 「そういや、お前は昔から凄い奴だったな」
「たしかあれ、全国大会のやつだろ?」
ヤマト「大したことは無い。今のご時世じゃあんなのは1円の価値にもならないからな」
ヤマトは、昔からそんな奴だった
スポーツ万能、成績優秀、全てを兼ね備えていた人間だった
それにも関わらず、驕ることはなく、他者を立てる器用さも持ち合わせている
そして、昔からそんなヤマトを妬ましく思い、嫌っていた
………
……
…
ヤマト 「そろそろ帰ろうか」
俺達は玄関に向かう
行きは裏口から入ったのにも関わらず、帰りは正面玄関から出ることに何か意味があるのだろうか
「…」
「ここは…俺達が初めて『鳥』に遭遇した場所だったな」
テセラ 「そうだな」
壁と床には紫と赤が混じった血痕が未だにこびりついていた
ヤマト 「テセラ、君はここで初めて『覚醒』をさせたんだ」
テセラ 「覚醒…?」
ヤマト 「前にも言っただろう?君は羽を生やし、天使族に匹敵する力を行使出来る」
テセラ 「俺には自覚が無いんだが…」
ヤマト 「今はそれでいい。だが、君の立回り次第では、B地区、ひいてや人類の最後の切り札となるかもしれない」
「それを、忘れないで欲しいんだ」