五十話 『退却』
テセラ 「ん…」
激しい頭痛に苛まれながら身体を起こす
周囲を見てみると、窓も無く、薄暗く、部屋中がコンクリート造りになっていた
そこにポツンと置かれているベッド
さながら、独房であった
ヤマト 「おお、テセラ。起きたか」
そこに入ってくる見知った男
「今の調子はどうだ?」
テセラ 「…最悪だ」
「俺はなぜここにいる。どこだここは。分からないことが多すぎる」
ヤマト 「そうか。昨日の事は覚えていないか」
テセラ 「昨日?」
「…」
思い出そうとするが、靄がかかったように実態のない煙を掴むような感覚に苛まれる
ヤマト 「驚かないで聞いて欲しいんだが」
「テセラ、君は天使族か、それに類する力を発現させていた。そして、それを確認したのは今回で2回目だ」
テセラ 「何…?」
「俺が天使族だと?」
「もう1度言ってみろ」
馬鹿馬鹿しい
俺は講義の意味を込めて、ヤマトの胸ぐらを掴む
しかし、そこで気づいてしまう
「あれ…?俺は…右手を失ったはずじゃ…」
まじまじと自分の掌を見つめる
握ったり、開いたりするが何の違和感も感じられない
ヤマト 「その違和感こそが、俺の発言を証明しているんじゃないか?」
そう言って、ベッドの近くにあった椅子に腰掛ける
「昨日のことを、説明しよう」
………
……
…
ヤマト 「シィネルガシア…っ!」
シィネ 「いや、人間ながら良い戦いをした」
「純粋に感心しているぞ」
ヤマト 「それはどうも…」
ナデシコ 「ねぇ…ヤマトくん」
袖を引っ張って、俺の背中に隠れたナデシコが不安げな表情でこちらを見つめてくる
ヤマト 「大丈夫だ」
シィネ 「ヤマト…と言ったか?」
「兵の指揮権を持っていた私を無力化し、要地でもあるにも関わらず守りが手薄なここを攻めるとは良い判断だった」
「ゲリラの人間たちも君のような優秀な指揮官を持って、頼もしい限りだろう」
やたらと俺を褒めてくる
だが、シィネルガシアの目は笑っておらず、その視線からは真意を伺うことが難しい
ヤマト 「何が言いたい」
シィネ 「先程も言った通りだ。大人しく投降しろ。であれば、お前の身柄はおろか、部下の命も保証する」
「大局は既に決した。これ以上の殺生は互いに何も産まない」
ヤマト 「…」
その通りかもしれない
ゲリラは既に潰走し、天使族がそれを追いかけ回すだけとなっている
俺は、『死んで、虜囚の辱めを受けず』なんて破滅主義者ではない
最後の一兵になるまで戦うなんて非合理な事は自分にも、部下たちにも命令は出来なかった
「俺は…俺は…」
シィネ 「俺は…?」
天使族 「失礼ですが、閣下、伝令兵から連絡です」
そんな中、部下がシィネルガシアの耳元で何かを呟く
シィネ 「何?エピスミアが死んだ?」
(ドォォォォォン!)
それと同時に遠方から、爆発音が聞こえる
その衝撃はこちらまで届き、地面がカタカタと揺れた
ナデシコ 「な、何…?」
シィネ 「何という事だ…」
月夜を浴びるように飛び上がる、一つの影
『天使』と言うには、おこがましいほどの醜く、歪んだ羽をはためかせ、空を美麗に舞う
天使族は、『それ』に対して、魔法や近接戦闘を仕掛けるが、全ては容易に退けられた
だが、『それ』の正体を俺は知っていた
いつか見た堕天使
ヤマト 「テセラ…」
シィネ 「お前、テセラ…あの女を知っているのか?」
シィネも遠目から、彼女の顔を確認したらしい
ヤマト 「彼女は、俺達ゲリラの仲間だ」
シィネ 「何…?テセラは、ゲリラだったのか」
「嘘つき…私には一般人と言ってたくせに」
最後まではシィネルガシアの言葉を聞き取ることが出来なかったが、違和感を感じる
ヤマト 「…?君は、彼女を知ってるのか?聞く限り随分と仲が良いみたいじゃないか」
シィネ 「まあ…色んな縁があってな」
そう言って、傷があった肩をそっと撫でる
「そんな事はどうでもいい!」
「何だあの力は?テセラは、我々の同胞なのか?」
「何故、羽が生えている」
ヤマト 「…知りたいか?」
ワザと広角を上げて、余裕のあるふりをする
「彼女は、天使の力を持った人間だ」
「君たちの何倍も強く、俺達ゲリラがその力を御することが出来る」
「君たちの身を案じて敢えて言うが、ここから撤退しろ」
「君たちでは、テセラには敵わない」
土壇場の、完全なるハッタリだった
テセラが何故あんな力を持っているのか、どれほどの強さがあるのかなんて知らない
ただ知っているのは、この戦闘にふらっと参加していて、未知なる力を発現したという事実だけだ
こんな子供騙しのハッタリだが、非常時の、心乱れている環境では大いに効果を発揮した
シィネ 「…お前らにそんな切り札があったとは」
天使族 「あのバケモノとの戦闘で、同胞の死傷率が、危険域までに達しています」
「これ以上の戦闘は、全滅の恐れが…」
それに加え、部下の助言も相まってシィネルガシアの心積もりは固まっていくのが分かる
シィネ 「…」
「仕方ない。撤退だ」
俺は、賭けに勝ったのだ
「この雪辱、いずれ果たす」
そう言うと、部下を連れて飛び去っていった
それに続き、ゲリラやテセラと戦闘していた天使族も早々に切り上げ、それに続く
テセラ 「…」
遠目から見えるテセラは、逃げていく天使族を追いかけることなく、ただ虚空を見つめ、漂っている
そして、いつかと同じように、羽を畳みながら、地面に降りてゆく
ヤマト 「全軍に伝達。体制を整えた後に、我々も退却。テセラ…羽の生えた人間の回収も忘れるな」