五話 『帰宅』
ザァァァァ…
雨が降ってきた
お天道様は収まるところを知らないらしい
ものの数分で土砂降りになる
服は斑点模様が広がり、暗い影となる
『奴』から受けた傷が水滴に触れ、ピリピリと疼いた
クソ…
もっと早く降ってくれれば良いものを
俺は走る
妹が待ってる
………
……
…
テセラ 「はぁ…はぁ…」
5分くらいだろうか
夜道に照らさられるようにその姿が明らかになってくる
斜めに傾いたコンクリート群
すぐにも崩れ落ちそうな見た目
かつて人間がその技術力を以て建築した現代の城
『高層マンション』だったものがそこにはあった
………
……
…
テセラ 「ただいまー」
ドアを開けると、埃が前方からすり抜けていく
時間が止まったように部屋は暗闇に塗りつぶされていた
…寝てるのか?
少々不安になり、蝋燭で明かりを灯し奥に進んでみる
…
?? 「お帰り」
テセラ 「!?」
想像とは裏腹に声は後方から聞こえる
?? 「今日は早かったな」
「もう少し遅くなると思ったが」
テセラ 「なんだ…ゼオか。驚かすのはやめろ」
そこには唯一の家族、ゼオが立っていた
見た目から換算するに12~14歳前後だろうか
美しい金髪と、吸い込まれそうな程の蒼い瞳
明らかに一線を隠したその美貌に見慣れた筈の俺でもはっとする
ゼオ 「そっちが勝手に驚いただけだろう。我は悪くないぞ」
そう言って肩をくすめてみせる
どうもうちの妹は気配を消すのが得意だ
その程度たるや、俺をして暗殺家業をやった方が良いと思わせるほどだ
ここの街には、半グレやヤグザ者が履いて捨てるほどいる
その抗争に、よく殺し屋が使われることがあるのだ
まあ、俺の名に賭けてそんなことは絶対させないつもりだが
…せめて妹には、真っ当な人生を送らせたいものだ
テセラ 「今日もちゃんといい子にしてたか?」
そう言って、頭をワシャワシャと撫でる
ゼオ 「おい止めろ、無礼だぞ」
最初の内はされるがままになっていたが、しばらくすると顔を赤くして、腕を払ってくる
恥ずかしかったらしい
随分ませたものだ
テセラ 「大人の好意は無条件で受けるべきだぞ。それが賢い生き方だ」
ゼオ 「大人?テセラだったまだまだ乳臭いガキだろう」
「そういう粋がったセリフは、まだ早いぞ」
そう言って妙に嫌味ったらしい表情を浮かべる
この年には似つかわくない表情だった
ゼオ 「時にテセラ。今日の夕御飯はなんだ」
ぐぅ~
示し合わせたように、妹の腹から虫の音が聞こえてきた
お腹が空いたらしい
テセラ 「ん?ああ、今日はラッキーだぞ。久しぶりに肉が貰えたんだ」
ゼオ 「おおぉ!それは本当か!?」
「それはめでたい。うん。めでたい!」
「肉は良い。なんというか、心がポカポカする」
「やっぱり人間。肉を食べないとな」
天井を突き破りそうなほどに歓喜している
なんだかんだいってもこういう所はまだ子供であった
テセラ 「それでな、ゼオ」
「この肉をどう料理するか考えているんだが、なんか案はないか?」
ゼオ 「うむ!ひつまぶしだ!」
随分と渋いチョイスだった
というか、ひつまぶしは鰻料理だ…
………
……
…
テセラ 「いただきます」
ゼオ 「いただきます!」
結局、夕御飯は親子丼になった
ゼオ 「なあ、テセラ」
リスのように口に沢山頬張りながら、言葉を発する
テセラ 「行儀が悪いぞ。ほら、水」
ゼオ 「う、うむ!」
「んく…んく」
「ぷはっ!」
「それでな、テセラ」
「その顔の傷はどうした?」
テセラ 「良く分かったな」
少し腫れている程度で明らかな外傷はほとんど無かったはずだ
周りの人も気づいていなかった様だし
ゼオ 「当たり前だ。我はお前をずっと見ていたからな」
恥ずかしげも無く、そんなセリフを口に出す
テセラ 「そうか…」
「まあ、心配はいらない。ただのかすり傷だ」
ゼオ 「…」
「『奴ら』にやられたんだな?」
テセラ 「…」
なぜ分かったのだ
ゼオ「『奴ら』は凶暴だ。人間を恨んでいる」
「もっと気をつけろ」
テセラ 「ご忠告どうも」
ゼオ 「ふん」
俺の返答が気に入らなかったのか、つまらなそうに鼻を鳴らして食器を片付す
ゼオ 「我は寝る」
「戸締まりはしっかりしておけ」
そう言い捨てて、自分の部屋に閉じこもってしまった