四六話 『反撃!(3/4)』
ナデシコ 「リーダー…リーダー…!ボーっとしないで!」
急速に意識が覚醒する
「もう…戦場で寝るなんて…昨日寝不足だったの?」
ヤマト 「あ、ああ悪い」
そうだ。
俺は今、天使族と戦っていたのだった
横を見やると、ランタンで照らされたナデシコの姿
傘を持って、俺の頭上に掲げている
女にそういうことをやらせるのは、些かだらしないと、遅らばせながら恥じた
この羞恥心をかき消すかのように、話題を転換を図る
「戦況はどうなっている」
既に辺りは暗く、雨の音と銃声、爆発が聞こえるのみになっていた
周囲10mでも既に目視することが怪しい
だが、破壊された建物から上がる煙火は痛々しく映っているのもまた事実だった
ナデシコ 「もう…見えるよ。奴らの要塞が」
そう言うと、俺に双眼鏡を手渡してくる
ヤマト 「すまない」
双眼鏡を受け取り、鏡面を覗く
「…見えた」
地図上では分からなかったが、既に彼らの要塞の3km圏内まで到達していたらしい
この要塞は、大河から扇状に伸びる幾重の集積地の終着点に位置しており、アクロポリスにまで繋がる玄関口でもあった
それを証明するかのように、運河から敷かれた鉄道のレールは、一度集積地で放射した後に、この要塞に再び集中している
我々の兵士は、この要塞を塞ぐかのように包囲を形成しつつあり、完全占領は時間の問題かのように思われた
………
……
…
天使族 「エクリクシー(爆発)!」
建物の遮蔽物に隠れたゲリラに向かって、爆発魔法を唱える
ゲリラ 「…!」
建物を巻き込む大爆発
この爆発で一部の区画が崩落し、瓦礫の山が形成された
天使族 「ふう…やったか?」
『バシュン!』
しかし、その数秒後に反撃が飛んでくる
「チッ…まだ生きてるのか」
ゲリラの戦術は非常に狡猾であった
序盤の水際作戦では、数にものを言わせて退却に天使族を追いやる一方、建物が多い高密度地帯に入るや否や、家に人知れず住まうゴキブリやネズミのごとく、滅多に姿を表さなくなった
そして、天使族の隙を伺って死角から攻撃する。それが失敗すると、再び姿をくらます
これの繰り返しであった
隠れてると思われる建物を破壊しようにも、それで出来た瓦礫の山が新たな遮蔽物と化し、ゲリラが入り込んだ
「こんなの…きりが無いじゃないか」
「卑怯者!正々堂々戦え!」
闇夜に木霊する彼女の声は、誰にも届かない
空虚であった
………
……
…
天使族 「ぐあッ!」
遠目からくぐもった声が聞こえる
暗くて良くは見えなかったが、黒いシルエットが墜落したところだけは確認が出来た
ナナシ 「これで、5匹目…」
ボルトを引き絞り、薬莢を排出する
そして、新たな弾が銃口に固定させた
ナナシ 「…」
周囲を見渡す
幸運か、不幸なことに周囲には敵の気配は感じられない
「ふぅ…」
静かに息を吐く
外ではなく、自分の状態に目を向けた途端、体中に激痛を感じた
…まあ、仕方ないことだろう
この体勢で数時間もここのいるのだから
これならば、ジロウとかいう奴から『げんきになれるくすり』でも貰っておけば良かったと後悔する
「ん…?」
ふと、手元に置いてあったトランシーバーを見てみると、赤色のライトがひっきりなしに点灯している
特殊回線。つまり、ヤマトからの緊急連絡であった
ヤマト 『やあ、ナナシくん。元気かい?』
チャンネルを合わせた途端これだ
ナナシ 「何か用なのか」
ヤマト 『いや、特に用は無いんだが、そちらの様子はどうだろうか?』
「君はかなり前線の方にいただろう?」
ナナシ 「特に問題はない。奴らを5匹は撃ち落とした」
ヤマト 『…流石だ。伊達に『隻腕の狙撃手』なんてウワサされてないな』
ナナシ 「止めてくれ恥ずかしい」
ヤマト 『恥じることはない。君のことをゲリラの人間を好ましく思っているだろう』
『誇ればいいさ』
ナナシ 「…」
抗議の意味も兼ねて、だんまりを決め込む
ヤマト 『…オホン!戦況が膠着状態に入りつつある今、一部の兵士たちに休息を与えようかと思ってね』
『補給班を向かわせるから、何か欲しいものでもないか?』
ナナシ 「そうだな…とにかく温かい食べ物が欲しい」
「俺が今いる所は、奴らが破壊した建物の残骸の下なんだが、とにかく雨漏れがひどい。体中が冷えている」
「あと何か変な匂いがする」
ヤマト 『変な匂い?』
ナナシ 「何かの原料の匂いだ」
ヤマト 『ははは、当たり前だろう?ここは天使族の集積地だ。原料なんてあって当然だ』
俺はそこら辺にあった袋を引き寄せ、ラベルを眺める
ナナシ 「『flour』…?」
ヤマト 『え?』
試しに舐めてみる
ナナシ 「あ、美味しいぞ」
ヤマト 『flour…小麦粉のことか。当たりを引いたな』
『…というか、落ちてるものを食べるんじゃない』
ナナシ 「あまりにも腹が減って…」
ヤマト 『はあ…仕方ない。要望通り、温かい食べ物を寄越そう』
『バサッ…バサッ…』
ナナシ 「!!」
羽音…!天使族だ!
まさか、気づかれたか?
瓦礫の隙間から、外を眺める
だが予想から外れ、彼女らは拠点に戻ってゆくだけであった
その数はおよそ20~30。総兵力の全てだった
「撤退している…」
ヤマト 『何?撤退だと?』
………
……
…
天使族 「同胞の収容、完了しました」
エピスミア 「ご苦労」
天使族 「エピスミア様…差し出がましいようですが、全軍を退却させてよろしいのですか?」
「このままでは、この陣地も…」
エピスミア 「…人間の故事成語にはこんな記述があったことを思い出してな」
天使族 「…?」
エピスミア 「『夷を以て夷を制す』…と」
「つまりだな?人間との争いは、人間同士でやらせれば良いのだよ」
「人間というのは、我々のように血族同士の結束で動いているわけではない。あくまでも『利害関係』上の協力なのだ」
「だから、異なる利害同士が出会った時、彼らは必ず争いを起こす」
「…哀れだがな」
天使族 「…つまり?どうしろと?」
エピスミア 「これでも分からないのか?」
「今、ここに残されている奴隷人間はいかほどか?」
天使族 「…恐らく、数十人かと」
エピスミア 「奴らに武器を持たせ、連中と争わせればいい」
天使族 「いやしかし…利害関係で動いていると言っても、彼らは同胞同士。そんなに上手く行きますか?」
エピスミア 「奴隷人間の大部分が脱走して、ゲリラと合流したのは知っているな?」
天使族 「え、ええ」
エピスミア 「では、なぜ我々の手元に残っている奴隷人間は同じように脱走しなかった?」
「機会などいくらでもあっただろうに」
天使族 「確かに…」
エピスミア 「それはな。奴らの意思が薄弱だからだよ」
「強き者に連なり、自分たちは何もしない。その生き方は楽だが、いつかは自分すらも殺めてしまう」
「彼らは弱き者だ。弱き者は、その血を以て自分の罪を償うしかない」
天使族 「…」
エピスミア 「特戦隊を組織しろ」
「奴らを死ぬまで、死なせるんだ」
………
……
…
ゲリラたち 「「…」」
天使族が戦場を放棄した後、ゲリラは警戒心を顕にしながらも続々と遮蔽物から出てくる
ゲリラA「勝ったのか…?」
壮絶な戦いを経験してきた彼らにとって、この戦闘は不消化気味であった
以前までの戦闘は、双方が一人になるまで戦うことがザラであったために、こんな中途半端な終わり方は気持ち悪さすら感じてしまう
ゲリラB 「 おい!あれを見てみろ!」
遥か前方、天使族の陣地から出てくる数十人の人間
身なりはゲリラのそれよりも数段劣っていたが、同胞であることは間違えなかった
両手を上げ、ゲリラは無警戒に近づく
しかし、ある程度の間合いでその足が止まってしまった
奴隷人間 「…」
なぜなら、彼らがゲリラに対して銃を向けていたから
ゲリラ 「お、おい。なんだよ。その武器を下ろせ。俺達は味方だ」
奴隷人間 「ち、違う!お前らは敵だ!ご主人様が、ゲリラは野蛮で殺戮者の集まりだと言っていた!」
「どうせ俺達も殺されるんだ!」
「それに、お前らに殺されなくたってどうせ…」
目は据わり、銃を構えた腕はガタガタと震えている
そして、背後には羽の生えた奴らの残像が…見えた気がした
ゲリラ 「や、やめろ…引き金を引くな!」
「引いたら、戻れなくなるぞ」
奴隷人間 「もう、俺達は戻れないところまで行ってるだろう?」
皮肉めいた笑みを浮かべる
ゲリラ 「…!」
『バンッ!』
誰が最初に撃ったのかは分からない
だが、その銃声とともに、無駄で、無意味で、ただただ悲惨な戦闘が開始されたのだった