四〇話 『未練』
それは、B地区でジェノサイドが起こった日のようだった
月は雨雲に隠れ、姿を見せず、バケツをひっくり返したような土砂降りだ
夕暮れ時までは、比較的穏やかな天候であったが、気分屋なお天道様はそれをかき乱す
そして、この不安定な天候は、人類が再び羽の生えたバケモノに一矢報いる好機でもあった
雨は遠くの視界を遮り、隠密行動には有利に働くからだ
少し詩的に言うのならば、『神は俺達に味方をしている』と言ったところか
ゲリラA 「リーダー。そろそろ決行時間です」
「他の同胞たちも配置に付きました。後は、貴方の裁可でいつでも行けます!」
ヤマト 「ああ、了解した」
「別命あるまで待機しろ」
古ぼけたトランシーバーから、くぐもった声が聞こえる
…なんともまあ俺は、良い部下に恵まれたものだ
ゲリラの蜂起は過去にも数え切れないほど起きているが、その全てが失敗に終わった
俺が参加したA地区、C地区も例外ではない
戦いの中で仲間を作り、互いに敬意を寄せ合い、信頼していたのにも関わらず、圧倒的な暴力によってそれが一瞬で破壊される
そんな事がいくつもあった
俺に限らず、全ての人間がだ
それにも関わらず、多くの人間はゲリラを辞めることはないし、いつか人間が地球上において復権出来ると信じて疑わない
悪く言えば盲目的だが、良く言えば彼らなりの覚悟であった
「…」
とある半倒壊したマンションのドアの前に俺は立つ
ここの住人を呼びつけるにはインターフォンは壊れているため、ノックしか無いのだが…
なぜだか、このドアを叩くことに躊躇いがある
「まいったな」
………
……
…
…ゲリラの話に戻るが、これには例外がいた
テセラだ
彼女は、ちょうど5年前までは俺達と同じ志を持っていた
だが、とある日を境に彼女はゲリラを辞めた
昔から口数が少なく、何を考えているか分からない奴であったが、流石に辞めるのは予想が付かなかった
その理由というのも、『妹』ないし、『家族』が出来たからという意味不明なものである
確かに、孤児院出身者である我々は『家族』というものに深い渇望と羨望を感じることがある
そのために、テセラの行動は納得は出来なくとも理解はしていたつもりだ
しかし、彼女はそれと引き換えに人類への希望を失った
彼女は、『家族』を守ることに固執し、停滞を望んでいる
俺はそれに対し憤りを隠せない
『昔なじみのよしみ』と言えば聞こえは良いが、彼女には是非、未来を見据えて欲しい
これは恋心なのか、仏心なのか、自分の気持ちを計り知ることは出来ないが、このぐちゃぐちゃになった気持ちは収まることを知らない
ヤマト 「…よし!」
意を決してノックする
テセラ 「なに…?」
ヤマト 「お、おう。俺だ」
予想もしていなかったことに、彼女は直ぐに玄関から顔を出す
…前に偵察した時よりも、少しやつれているのは気のせいだろうか
そこまで日数は経っていないはずだが…
一拍おいて、息を整える
「今日、ゲリラの蜂起を起こす」
「攻撃する場所は、以前行ったところだ。覚えているだろう?」
テセラ 「…」
彼女は首肯して、後を促す
ヤマト 「どうだテセラ?お前も蜂起に参加してくれないか?」
テセラ 「前も言っただろ。お断りだ」
…目は口ほどにものを言うとよく言ったものだ
彼女は口ではそうはっきり言うが、目は泣いていた、苦しんでいた
前に会った時も、その前も、彼女は悲しそうな目でこちらを見つめていた
この眼差しは覚えがある
孤児院の頃、テセラが俺とナデシコに向けていた眼差しにそっくりだ
…彼女はゲリラに未練がある
だが、残念ながらそれを後押しするような交渉材料と時間は手元には無い
ヤマト 「そうか…」
「もし、俺が死んだら、墓には毎日行ってくれよ」
テセラ 「…墓が作れるほど、死体が残ってたら行くかもな」
テセラらしい皮肉めいた表現だった
俺達は、多くは語らない
だが、これも以って、俺達は完全に袂を分かったかもしれない
それくらい、もの寂しい最後であった