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三話 『九死』

『B地区』

そう無機的に名付けられたこの街は、我々に与えられた墓場と言っても過言ではない

法の下の平等や、人権宣言はもはや守られておらず、人間は理性ではなくその欲望を糧に生活する

辺りを見渡せば、殺し、強姦、窃盗が蔓延り、飢餓や疫病も日常茶飯事だ

男は戯れで不毛な殺し合いをし、女は節操なく男を誘惑して対価を得ている

これが昼間から行われているというのが、治安の程度が知れるだろう

また、インフラ設備は機能せず、上下水道は破壊されているため汚水や汚泥が溜まり、街全体で異臭が漂っている

そして、建設業が衰退したために各々がバラック小屋を立てて生活するのを余儀なくされている

ある種の『人間の野生化』が進んでいるのだ

今も近世の啓蒙思想家が生きていたらこの惨状をどう思うのだろうか…

だが、何も今までずっとこの街がこの街だった訳ではない

10年そこら前までは、ここにも立派な高層ビルが立ち並び、法と秩序、そして溢れんばかりの豊かさが存在していた

そう、『奴ら』が来るまでは…

(ドンッ)

テセラ 「っすみません」

前方からの客人に気づかなかったらしい

正面から互いにぶつかってしまった

体格差からこちらは少し仰け反るだけで済んだが向こうは尻もちをついた

…こういうのがきっかけでとんでもない因縁を吹っ掛けられるのだ

早く助けて、逃げるのが吉だ

俺は慌てて相手の手を取る

だが、その時に気づいてしまった

女 「あっ…あっ…」

ボロ切れのような粗末な服装、何日も体を清めてないであろう異臭、乱れた頭髪

そして、虐げられるのに慣れ尽くしたその瞳

ひと目で分かる。『奴隷』だ

首には尊厳ある人間には似つかわしくない無骨な首輪が備え付けられており、否が応でも誰かの所有物であることを連想させる

背筋が凍る

…『奴ら』だ

その瞬間、顔面に鋭い衝撃が起こる

テセラ 「がァッ!」

俺は、まるで人形遊びをするかのように軽々と吹き飛ばされ、無様に地を這った

…血の味がする

どうやら口内が切れたらしい

だが、致命傷まで至らなかったのが幸運と言うべきか

女の所有者 「運が良かったな、お前。もし私に触れていたらお前の頭と身体は今頃繋がっていなかっただろうよ」

テセラ 「…」 

    「ありがとう…ございます」

『奴』を一瞥する

およそ、現代に生きる我々には似つかわしくない古代オリエント風の格好

瞳、髪色なども遺伝子変異が起きなければ、絶対発現不可能であろう色彩

そして背中に生えた天使のような羽

典型的な奴らの特徴だ

体型は女に近いが、見た目通りではない

奴らは科学で解明不可能な『超能力』を使う

それは、瞬間移動だったり、天候を操ったり、身体強化だったり…とにかく多彩だ

故に、人間は奴らには勝てない

その圧倒的な力の前に全てを粉々にされてしまう

だから、我々はもはや奴らに傅くしか生きる方法は残ってない

奴らは人間ではなく、どちらかと言うと神に近しき存在なのだ

人間は神に勝てない。当然だろう

女の所有者 「なんだ。その目は」

      「不躾だ」

そう言うと、俺の胸ぐらを掴み、片手で軽々と持ち上げる

テセラ 「ぐッ…やめて…下さい…」

女の所有者 「さっきは見逃してやろうと思ったが、気が変わった」

      「殺してやろうか…」

テセラ 「後生ですっ…許して…」

恐怖のあまり、ジタバタと身体を動かすが万力の様な力で固定され、身動きが取れない

女の所有者 「ハハハ!『後生』と来るか。ゴキブリの如きお前が仏に許しを乞うのか」

      「笑わせる」

      「だが、お前殺した所でこの世界には何も影響を及ぼさない。残らない」

      「お前はここで死ぬ定めだったのだよ」

      「むしろ、私に殺される方が本望だろう!」

奴は、片方の手で握り拳を作る

この拳が少しでも俺の頭に触れれば、生涯に幕を下ろすだろう

テセラ 「くッ…」

せめてもの抵抗に、目を閉じて来たる衝撃に備える

…ここまでか

女 「止めて下さい!」

だが、その甲高い声に遮られ、俺達の意識はそちらに向けられる

女の所有者 「むッ…」

テセラ 「…」

奴の奴隷だ

女 「ご主人様、なんでそんなことをされるんですか!?」

彼女は、奴の握り拳を作った腕を両手に抱き、殴らせまいとする

女 「おやめください!彼が可哀想です!」

女の所有者 「このッ、奴隷のくせに出しゃばるな!」

女 「キャァッ!」

彼女も直前の俺のように投げられ、地に伏す

女の所有者 「…」

      「チッ」

奴は俺の顔を舐めるように眺めた後、胸ぐらを乱暴に離した

女の所有者 「宵が冷めた」

      「コイツに感謝するんだな」

そう言って、うつ伏せに倒れた女の脇腹を軽く蹴ってみせる

女 「うッ」

女の所有者 「ほら立て!早く行くぞ!」

可哀想に、痛みまだ癒えていないのにも関わらず無理やり立たされ、歩かされる

殴られた顔面をさすりながら、だんだんの離れていく2人の姿を眺める

すると、不意に彼女が後ろを向く

まだ痛みが続いているのか眉間に皺が寄っていたが、その表情には微笑を浮かべており、

『お元気で』

と俺に伝えてきた…気がする

驚いた

この世の中なのに、こんな人格者がいたなんて

彼女の年齢を学校制度で例えるならば、高校生くらいだろうか

一番楽しい時期だ

奴らが現れなければ、彼女だって真っ当に青春を謳歌し、友達と遊び、勉学に勤しみ、恋にうつつを抜かすことが出来ただろうに

本当に、この世界は残酷だ

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