二話 『曇天』
最近雨が降ってない
しかし、空はいつまでも不安定で日差しが全く当たらない
嫌な天気だ
太陽が当たるなら、もう少し気分よく作業が出来るし、雨が降っていれば床にぶちまけられた大量の汚物や死体はその水流で効率的に除去できるというものだ
男 「よし、今日の作業は終了だ」
「片付けが終わった奴からこっちに来い」
「報酬を与える」
俺達はその野太い声を認識すると作業を止める
空気が一気に弛緩した
やっと終わりか…
俺は重力に引き寄せられるかのように下を向いていた頭を持ち上げ、周囲を確認する
十数人がこの作業に就いているが、服装も同じなのは固より、表情も同じだ
疲労困憊、空腹、水分不足…と言った具合だ
しかし俺も人のことを言えない表情をしているのだろうが
このように目に見えて士気が低い時は早めに作業を切り上げさせてくれるのは彼なりの優しさなのだろう
感謝しなければ
他の同僚たちも同じ考えなのか、我先にと男から報酬を受け取ると、三者三様に感謝を伝え炊き出しに向かっていった
男 「お前が最後だな」
彼らを眺めている内に自分が最後になってしまったらしい
「ほら、今日の配給切符だ」
テセラ 「…ありがとうございます」
俺は恭しく報酬を受け取る
男 「いや、本当に助かった」
「お前のお陰で作業が早く終わりそうだ」
「新人はどうも使えない。慣れてくればいいんだが」
テセラ 「仕方ないですよ。こんな仕事、異常ですから」
「できない方が、幸せです」
男 「それはそうだな」
そう言うと男は陰りがある微笑を浮かべる
前に年齢を聞いた時はそこまでの年では無かったはずだが、その深く刻まれた皺と、味のある顔はあと20年ほど老けた印象を受ける
随分と苦労してきたのだろう
男 「そういえば明日は休みなのは知ってるか?」
テセラ 「えぇ、知ってます」
「ここだけじゃなく、ここ一帯の外出が禁止になるとか、ないとか」
男 「そうだ」
「さる情報筋から聞いたんだが」
「最近、ここ一帯でゲリラが活発になっているらしい」
「だから、治安維持局の奴らがこっちまでガサ入れをするんだと」
…ゲリラ。ここではよくある話だ
この体制に不満を持つ者は少なからずいるのだろう
俺だってこんな生活したくないが、仕方ないと割り切っている
自由のため、人類のために戦うのは結構だが、彼らのお陰でこちらまで被害が及ぶのはごめんだ
彼らが自分たちの活動で間接的に人類の存続を妨げてるのを知るのは何時になるだろうか
テセラ 「なるほど」
男 「お前に限ってゲリラを匿ってるとは思わないが、明日は下手に外出しない方が良い」
「無実の罪で殺された友人は何人もいるからな」
テセラ 「分かってます」
男 「…」
「…こんな景気の悪い話はダメだな!運気が逃げちまう」
さっきと同じ表情をしていた
「そうだ。お前の報酬は少し色を付けておいた」
「日頃の例だ」
給料袋を開いて確認すると確かに、いつもより膨らんでいる気がした
テセラ 「そんな、悪いですよ」
男 「いや、いいんだ。お前、妹さんがいただろ?」
テセラ 「ええ、まあ」
男 「たまの休日くらい家族サービスしてやれ」
「妹さんも寂しがってると思うぞ。年頃だろう」
テセラ 「…そうですね。有難く頂きます」
「親っさんは、子供とか、家族はいないんですか?」
「部下からも信用が厚いですし、良い父親に成れそうなんですが」
男 「…」
「…さてね。忘れちまったよ。昔のことなんて」
テセラ 「そう…ですか」
「すみません。変なことを聞いて」
男 「大丈夫だ」
俺はもう一度礼を伝えると、足早に炊き出しへ向かった