表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/70

十七話 『訪問』

あの日から、ユドが仕事に来ることは無かった

男 「点呼を行う」

これで1週間が経つ

親っさんはそれを知ってか知らずか、彼のことを放置している

心配することもなく、来ないことに憤りを感じることもなく、淡々と今日の業務をこなしている

テセラ 「…」

その親っさんの姿に俺は、一抹の寂しさとやるせなさを感じた

理屈では分かっているのだ

思想が異なっている異分子を自分のコミュニティに入れることは業務の支障をきたす

それならば、向こうから頭を下げて来るまではこちらは何も干渉しない

それが不可能と判断と分かったならば、新しい人材を招けば良いだけだ、と

非常に合理的…反論の隙さえ見つけることが出来ない

『薄情』。そんな、昔に忘れた単語を思い出す

我々の世界ではいつも『無情』が正しいからだ

しかし、俺も親っさんの姿勢を黙認している

5年間も付き合った友人と、こんな呆気ない最後で袂を分かつとは、先週の俺は分かっていただろうか?


………

……


男 「おい、待てテセラ」

テセラ 「親っさん…」

業務が終わり、帰路に就こうとすると親っさんから話しかけられる

    「なんですか?」

男 「今日でユドが来なくなってから1週間が経つ」

  「そろそろ奴の食料と水が心配だ」

  「奴の家に行って見てくれないか?」

それは心配故の発言だろうか

それとも業務として淡々と発しているだけか

彼の無表情からは何も感じ取れない

テセラ 「親っさんも素直じゃないですね」

男 「ふん。俺は仕事だからそう言っているだけだ」

  「なんだかんだで、奴はこの仕事のベテランだ」

  「そんな貴重な人材を失うのは惜しい、それだけだ」

そう言いつつも、決まりが悪そうに目を逸らす

テセラ 「そうですか」

親っさんにも人の心が残っていた

そう思うと少し嬉しく感じられる

    「業務命令なら仕方ないですね、行きます」

男 「お前も素直じゃない奴だ」

テセラ 「貴方ほどじゃないです」


………

……


俺は親っさんから幾ばくかの食料を貰うと、ユドの家に向かう

ユドの家は狭い路地に位置しており、繁華街からは幾分か遠い

時刻は黄昏時

遠くから、炊き出しの喧騒が聞こえ、今日の終わりが迫ってくることを身を持って感じられる

空には黒い鳥が群れを成すように飛び回り、所々には人間ほどの大きな羽を持つ『化物』がこちらを覗いている

監視か視察か知らないが、とにかくご苦労なことだ


………

……


ユドの家に着く

鳥 「カァー!カァー!」

テセラ 「うわっ!」

中に入ろうとすると、カラスの群れがこちらを襲う

    「やめろ!俺は食い物じゃねぇ!」

ある程度抵抗していると、向こうも諦めたらしく、空の同族に合流していった

    「なんなんだ?一体」

腹を好かせたカラスと雖も、生きた人間を襲うほど馬鹿ではない

このことは、この周辺の異常さを物語っていた

    「…!!」

    「なんだ…これ」

辺りを見渡すと、カラスだけでなく、大量のネズミが地面を這っていることに気づく

それらの目指すべき方角は、ユドの家

暗闇に溶け込むように、嬉々として奥に向かっていく

まさか…

俺は奥に進む

テセラ 「おい、やめろ!ユドを襲うな!」

案の定と言うべきか、ベッドに倒れ込んでいるユドの肉を害獣らがついばんでいた

部屋の所々に血が滴り、さながら殺人現場のようだ

俺は害獣たちを払い、ユドに話しかける

    「おい!ユド。しっかりしろ!死ぬな!」

ユド 「…あぁ、テセラ…か」

まだ息があるようだ

しかし、一週間食事をしていなかったのか顔は髑髏のようにこけ、ただでさえ少ない脂肪がさらに収縮していた

テセラ 「どうして…どうして飯を食わない!?」

    「このままじゃ、お前死ぬぞ!?」

ユド 「いいんだ、それで」

テセラ 「はあ?」

    「言い訳あるか!」

俺は、親っさんから貰ったパンを無理やり水と共に彼の口に突っ込む

ユド 「…ウッ!けほっ!ゲホッ!」

しかし、ユドは吐き出してしまう

テセラ 「…」

なんで、どうして…

ユド 「『あの時』から何故か飯が食べられなくなっちまった…」

   「誰かを傷つけることも、何かを食べることも、何もかも怖いんだ…」

テセラ 「それは…」

ユド「なあ、テセラ…俺達の仕事は立派なのか?そこまでして人間が生き残ることに意味なんて…あるのか?」

   「誰か傷つけてまで、生きることに何の意味があるんだ?」

ユドが想像していることは、恐らく加工所に送られた大勢の人間と、その遺族のこと

自分が彼らと同じ立場になった時に、自分がやってきたことの矛盾が浮き彫りになる

それは、辛く、苦痛の伴うこと

ユドは友達想い故に、この苦痛に耐えきれなかったのだ

テセラ 「意味なんて…ない」

    「それが、『合理的』だから、大多数のためには必要な犠牲なんだ」

ユド 「…じゃあ、お前には妹がいたよな?」

   「妹さんが、ヒデと同じ立場になっても…笑って送り出せるのか…?」

テセラ 「…っ!」

    「そんなこと……出来るわけ無いだろ!」

結局俺も理性的な人間ではなく、感情で動く普通の人間ということを自覚する

こんな時にそのことを気付かされるとは

ユド 「フッ…そうか…」

   「始めてお前の本音を聞いた…気がするよ」

   「お前が最期に看取ってくれる人でよかっ…た…」

テセラ 「おい、ユド!ユド!」

時刻はおおよそ辰の刻。ユドは息を引き取った

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ