十四話 『就業』
男 「点呼を行う」
規則的な隊列を組んで、各々点呼を始める
始業の際の人数確認
忙しなくも、退屈な一日が今、始まろうとしていた
………
……
…
男 「…?ヒデ。ヒデはいるか?」
誰も答えない
「…チッ。まさか飛んだのか?」
「おい、この中でヒデの欠勤理由を知っている者はいないか?」
周囲の人間は顔を見合わせるが、あまり関心が無さそうであった
…どうやら欠員が出たらしい
『らしい』というか、俺達が深く知っている人間だった
ユド 「おい、ヒデがバックレっておかしくねぇか?」
「テセラ、何か知らないか?」
隣に立っていたユドが、出し抜けに聞いてくる
テセラ 「いや、知らないな」
「一昨日もお前たちと別れてからヒデと会ってないし、多分お前の方が遅く別れてるはずだろ?」
ユド 「そうだな…」
彼は爪を噛み、所在が無さそうな素振りで足をしきりに動かす
ヒデ、そう俺が呼んでる男は、ユドと同じく5年来の仕事仲間であった
ユドに関しては10年以上の付き合いらしく、彼らはいわゆる幼馴染だった
1人称は『僕』で、その穏やかな性格故に、ユドの行き過ぎる言動を諌め、良い方向に導くストッパーのような役割をしていた
ユドとヒデは互いの不足を補完し合い、阿吽の呼吸で今まで生きてきたのだ
それは、現在のユドの仕草からも分かる
周囲の人間は欠員どころか死人が出ても他人であれば、無関心を貫く。心配すらしない
だが、ユドは明らかに心配そうな様子で周囲を眺めていた
妹がいる身として身近な人間が所在不明になる不安というのは、痛いほど分かる
俺も、ユドほどではないが、ヒデの最悪な結末を想像するくらいには仲良くなったつもりだ
ユド 「もしかしてよぉ…ヒデのやつ、『奴ら』にやられたんじゃないか?」
「昨日、ガサ入れがあったんだろ?」
テセラ 「おい、止めろ。滅多なことを言うな」
「そもそも、アイツがゲリラになったり、ゲリラを匿う根性があると思うか?」
ユド 「いや…多分無いな」
テセラ 「だろ?」
「多分…日頃の疲れが祟ったんだろ。寝坊とかだ、きっと」
「もうじき来るさ」
ユド 「そっか…そうだよな…」
彼の不安な表情は、完全には払底出来なかったが、俺の言葉は気休め程度の効果はあっただろうか
男 「確か…ユド!お前はアイツと仲が良かったな」
「何か聞いてないのか?」
ユド 「いえ、聞いていないです」
「でも、ヒデの奴だから寝坊とかだろうという結論っす」
男 「はぁぁぁぁぁ…」
ユドがそう言うと、親っさんは心底呆れた表情を浮かべる
男 「ヒデの野郎…」
ユド 「あの!」
男 「あ?なんだ?」
ユド 「ヒデが寝坊なんて、多分初めてなんで大目に見てやって下さいっす」
男 「そんなことは分かっている」
「少なくとも、お前よりかは寝坊は少ないだろうな」
周囲に笑いが発生する
ユド 「ははは…」
ユドも釣られて笑い出す
少しは気分が晴れただろうか
これでいい、これでいいのだ
後はヒデが遅れて参上すれば、全ては笑い話に出来る
そうして、今日もまたこの退屈な日は退屈なまま幕を閉じるのだ
………
……
…
俺達の仕事は、俗世間で『死神稼業』なんて呼ばれているらしい
理由は簡単
俺達は死者に関わる汚れ仕事を請け負っているからだ
俺達の街は、何度も言うがとにかく治安が悪い
限られた資源を求めてお互いに抗争し合い、殺しは日常茶飯事である
天使族の介入によって最期を終える人間も少なくない
その結果、発生する死体やゴミはどうするのか?
答えは、どうもしない。そのまま放置される
『奴ら』は履いて捨てるほどいる人間同士の殺し合いに、基本的に無関心を貫いている
むしろ、矛先が自分たちに向かないように奨励することとさえある
彼らが関心を持つのは、奴隷のように酷使出来る労働力だけ
それが致命的に妨げられない限りは、人間の消耗に対して何も感じないのだ
しかし、そのように死体やゴミが無節操に捨てられるとどうなるのか?
疫病が爆発的に拡散し、墓場(B地区)は本当の意味での墓場になってしまう可能性があるのだ
それを防ぐために、住民から一部税を徴収し、私的な防疫機関を立ち上げた
それが我々、『死神稼業』なのだ
ユド 「クッソ…っ、なかなか血が取れないぜ」
テセラ 「随分と派手にやったなぁ」
俺達は今、壁にべっとりと付いた血痕を磨いていた
この血飛沫の仕方は、人間の作為では絶対に起きない
恐らく、昨日のガサ入れで天使族に殺害された人間のものであった
死体こそは無かったが、まだ暖かいその血からは凄惨な最期だったことを伺わせる
ユド 「俺さ、たまに思うんだよな」
テセラ 「?」
ユドは壁に視線を向け、作業をしたままうわ言のように呟く
ユド 「何で俺って生きてるんだろうって」
テセラ 「おい、それは…」
ユド 「だってよぉ…考えてみろよ?」
「俺達は一生このままなんだぜ?」
「毎日仕事をして、飯を食って、寝るだけ」
「おまけに『奴ら』からの恐怖に怯えて生きないといけない」
「想像するんだよ。俺がジジイになって、ベッドの上でくたばる時に何を思って死ぬのかって」
テセラ 「何を思うんだ?」
ユド 「何も無いんだよ。何も」
「俺は何も感じずに死ぬと思う」
「後悔も、怒りも、満足も、喜びも…」
テセラ 「…」
この『死神稼業』はその職種の特性上、長くは続かない
誰もが耐えかねて辞めるか、死に急ぐようになる
人間の命の儚さを間近で感じるからか、自分の命をも軽んじるようになるからだ
ユドの場合は完全に後者
俺が看取った仕事仲間と同じような言動している
テセラ 「ユド、お前…疲れてんだよ」
「ヒデが居ないから調子が良くないだけだ」
「そんなこと、もう考えるな」
ユド 「はは…そうかもな」
ユドはぎこちない笑みを浮かべる
「けど、」
「テセラ…これが最後の質問だ」
「これ以上この話はしないから」
今度はこちらをはっきりと見据える
テセラ 「…何だよ」
ユド 「お前は…何で生きてるんだ?」
何で…?
俺は何で生きてるんだ?
テセラ 「…」
その刹那、脳裏に妹の顔がよぎる
彼女の千変万化な表情、思い出が脳内にフラッシュバックする
そうか…俺は…
テセラ 「俺は、家族のために生きている」
ユド 「…っ!」
ユドは目を見開き、はっとした表情を浮かべる
テセラ 「どうだ?お前の満足いく回答だったか?」
ユド 「あぁ…そうだな。満足だ」
「かなり初歩的なことを忘れてたよ」
「俺もテセラと同じだ。血は繋がっていないが、ヒデのために生きてるかもしれない」
「今、唯一の『家族』だからな」
「ヒデも同じことを思ってくれてたら嬉しいんだがな」
テセラ 「思っているさ、きっと」
「傍から見る分にはお前たちは本当の家族みたいだぞ」
ユド 「そうか…!」
テセラ 「ほら、帰りに串焼き行くんだろ?」
「ヒデも誘って3人で行こう」
ユド 「ああ、そうだな!」
だんだんと彼の表情が明るくなってゆく
良かった…
俺は心の中で安堵する
人間は確定した現在よりも、不確定の未来の方がなぜだか関心が高い
だが、それは間違ってると思うのだ
新たに得ることを考えるよりも、失うものを最大限減らす努力をする方が今の世の中には必要だ
ユドの場合は、一時的にヒデという親友と離れたことでその大切さを再確認出来た
そして、これからも
恐らくもう彼が死に急ぐことは無いだろう
俺も妹を大切にしなければ…
………
……
…
男 「終わってるか?」
親っさんが視察に来る
ユド 「ええ!もうこのようにバッチリです」
男 「おう、元気が良いのは何よりだ」
「今朝は少し落ち込んでいたからな。心配していたぞ」
あの後、すっかりいつもの調子を取り戻したユドはいつもよりも精力的に作業に勤しみ、予定よりも早く終わった
男 「目立った汚れは無いな」
「…よし、もうここは良いだろう」
壁をざっと確認する
男 「次の作業に移る」
「とある家屋で異臭が発生しているという報告があった。恐らく、昨日のガサ入れで殺害された死体が転がっている。それの処理を頼みたい」
「それが終わったら今日は上がりで良い」
ユド 「了解っす」
テセラ 「はい」
………
……
…
男 「ここだ」
ユド 「嘘…だろ?」
テセラ 「…」
薄々俺達は気がついていたかもしれない
気がついてもなお、互いに傷を舐めあって真実から目を背けていたのだ
男 「何だ。知ってる家なのか?」
ユド 「あぁぁあぁあああぁああ…っ!」
ユドは自分の湧き上がる狂気を抑えるかのように頭を抱え、蹲る
テセラ 「…ここは、ヒデの家です」
男 「なんだと?」
ヒデの家にドアは無い。それ故に鼻を覆いたくなるような臭気が部屋の中から外へとすり抜ける
喜ぶべきは、中が暗く、死体は目視では確認出来ないこと、
悲しむべきは、俺達が『死神稼業』として、そこに踏み込まないといけないことだ
テセラ 「ユド…大丈夫か?」
背中を擦り、様子を確認する
ユド 「大丈夫…だ。覚悟は出来ている」
おもむろに立ち上がる
彼の表情は言うまでもない
男 「よし、入るぞ」
明かりを付け、1列になって中に侵入する
臭気と共に、その亡骸が明らかになっていく
そこには…
ユド 「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
四肢は全て引き裂かれ、頭と胴体は分離、内蔵がえぐり出され、ズタズタになったヒデの姿であった